第51話 空っぽのお人形さん/芽依side②

 紺野こんのに別れを切り出した翌日から、芽依めいのクラスでの立ち位置はさらに悪化した。紺野がクラス中に芽依の悪口を言いふらしたからだ。


 人気者の紺野の言葉は誰もが信じた。そこに誇張が混じっていても、疑うものはいない。


 芽依はここぞとばかりに、石を投げられた。そんな状況下で声を掛けてくれたのがなぎだった。


 凪は良くも悪くも気分屋で、周囲の噂話よりも自分の好奇心を優先するタイプだ。


 普段はアイドル好きな派手な女子といるけど、教室の隅で本を読んでいる地味な男子にも、変わり者と言われている癖のある女子にも、躊躇いなく話しかけに行く。


 だからこそ、芽依に話しかけたのも自然な流れだった。


「ねーねー、その髪ってパーマなの? それとも天パ?」


 教室の隅でスマホを弄っていると、凪は唐突に芽依の机の前にしゃがんだ。好奇心に満ちた大きな瞳で芽依の顔を覗き込む。


 いきなり話しかけられたものだから、驚いて固まってしまった。

 だけどいつまでも黙り込んでいたら変に思われるから、何とか言葉を絞り出した。


「天パ、だよ……」


 そう答えると、凪はにぱーっと表情を緩ませた。


「いいなぁー! うちの家系全員ストレートだから、ふわふわした天パって憧れるー! ひつじみたいで可愛いー!」


 凪は本心で褒めているように見えるが、油断はできない。こういう発言力の強い女子は、敵に回すと厄介なことになる。芽依は凪の機嫌を損ねないように、言葉を選んだ。


「私なんかより、藤間さんの方が可愛いよ……。サラサラのストレートヘアも憧れる……」


 相手を立てて、こちらへの気を逸らす作戦だった。咄嗟に出たお世辞のつもりだったけど、凪の反応は予想とは違った。


「まあ、私が可愛いのは周知の事実だよねっ!」


 胸を張ってドヤ顔で言い切る凪を見て、呆気にとられた。

 それから凪は他の女子に呼ばれる。


「この雑誌に凪の推しが載ってるよー」

「ぬわーんだってー!?」


 そう叫びながら、凪は餌に飛びつく犬のように他の女子達の輪に入っていった。




 それからも凪は、頻繁に芽依に話しかけてきた。しばらく一緒にいると、凪の性格もある程度理解できた。


 凪は他の女子のように、芽依を目の敵にすることはない。自分に自信があることが影響しているのかもしれない。空気を読むのは少し苦手らしいけど……。


 紺野と別れ、クラス中から敵意を向けられて数週間が経った頃、唐突に凪に尋ねられた。


「なんか紺野、めちゃくちゃ芽依ちゃんのこと目の敵にしてるない? なんかあった?」


 鈍感な凪もようやくクラスの異変に気付いたらしい。

 芽依はできる限り角が立たないように、自分を悪者にして伝えた。


「私が悪いの……。紺野くんを振っちゃったから……」


 すると凪は、「うへー……」と声を漏らしながら眉をひそめた。


「彼女にフラれたからって悪口言いふらすとかダッサ……。紺野にダサいからやめた方がいいよって言ってくるよー」


 躊躇いなく紺野に爆弾を渡そうとする凪。それを何とか食い止めた。


「やめて……そんなことしたら、もっと嫌われる……」

「んー、芽依ちゃんがそう言うなら、やめておくよ」


 凪はあっさりと引き下がってくれた。その代わりに、今度は芽依自身の心配をしてくれる。


「でもさ、なんかあったら相談してね。可愛い女の子が俯いているのは、もったいないよ」


 その言葉で、凪が気にかけてくれていることが伝わった。初めて同性の味方ができたようで嬉しかった。


 だからこそ、凪に相談をしてみることにした。


「凪ちゃん、相談しても、いいかな?」




 そんな経緯から芽依は凪の家に行くことになった。そこで千颯ちはやと出会った。


 千颯は蛙化現象に理解を示してくれた。そんな人は初めてだった。


(お兄さんだったら、本当に好きになれるかもしれない)


 初めてだった。自分から先に男の人に興味を持ったのは。だからこそ、いままでの彼氏とは違った関係性を築けるような気がした。


 千颯とメッセージのやりとりをする時間は楽しかった。もっと千颯に近付きたいと思って、千颯の通う高校まで行ってみた。


 初めは遠くから一目見られればいいと思っていたけど、いざ目の前にするともっと一緒にいたくなった。恥ずかしかったけど、勇気を振り絞ってデートに誘ってみた。


 千颯は驚いていたけど、承諾をしてくれた。


 隣を歩く千颯はとてもカッコ良くて、頼りがいを感じた。一緒に歩いているだけでドキドキして、もっと近づきたいと思ってしまった。


 だけど、芽依はやはり同じことを繰り返してしまった。千颯の言動に幻滅している自分がいて愕然とした。


 おまけに千颯には彼女がいるという事実も聞かされた。自分の恋心を弄ばれているような気がして憤りを感じた。


 しかし、すぐに自分も似たようなことを繰り返していたことに気が付いた。


(サイテーなのは私だ。やっぱり私は誰かと付き合う資格はない)


 千颯と過ごす中で、そのことをはっきり自覚した。

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