第50話 空っぽのお人形さん/芽依side①

芽依めいちゃんはお人形さんみたいで可愛いね」


 物心ついた時から、芽依は周囲からそう言われていた。


 生まれつきウェーブがかったふわふわとした髪。ぱっちりとした大きな瞳。くるんとカールした長い睫毛。それらは周囲から注目を集めた。


 だけど美人は3日で飽きるというように、可愛いもしばらくすると飽きられていく。そして可愛いだけしか取り柄のない芽依からは、次第に人が離れていった。


 芽依は昔から引っ込み思案で人と話すのが苦手だった。本来は目立つタイプではないのに、無駄に外見が整っているせいで目立ってしまった。


 要するに、外見と性格が伴っていないのだ。


 周囲の人間は芽依の可愛さにつられて寄ってくる。だけど芽依が何も持っていない退屈な人間だと分かると次第に離れていった。


 離れていった人間は、期待外れと言わんばかりに芽依を蔑む。


「可愛いだけで中身空っぽのお人形さん」


 クラスの女子からはそう陰口を言われていた。あからさまにいじめられることはなかったけど、クラスの目立つ女子からはなんとなく嫌われていることが伝わった。


 もし芽依が可愛くなければ、ここまで敵視されることはなかっただろう。教室の隅にいるような目立たない女の子として、静かに生きていけたと思う。


 芽依は可愛く生まれてきたことを呪った。


 女子と比べると、男子はおおむね芽依に優しい。中学に上がってからは、好きだと告白してくる人も現れた。


 好意を向けられるのは素直に嬉しかった。


 女子から嫌われている芽依にとっては、想いを寄せてくれる相手が救世主のように思えた。茨の中から自分を救い出してくれる王子様。そうやって相手を美化していた。


 だけどそんな思いから始まった関係は、長くは続かなかった。相手の些細な言動で幻滅してしまうのだ。


(悪気はないのは分かっているけど、ちょっと気持ち悪い……)


 初めは救世主に思えた相手でも、時間が経つにつれ嫌な部分にばかり目がいってしまう。最終的には一緒にいるのが苦痛になった。


 そして芽依の思いは、態度や言葉で相手にも伝わっていた。


「芽依ちゃんって、俺のこと全然好きじゃないよね」


 そう言って身を引いていく人もいた。

 色褪せてしまった彼とお別れするたびに、芽依は申し訳なさでいっぱいになった。


(傷つけちゃったよね……)


 相手を傷つけるなら初めから付き合わなければいい。そう思っていたけど、告白を断ることはできなかった。それが芽依の唯一の居場所のように思えたからだ。


(これは恋なんかじゃない。依存だ)


*・*・*


 高校に入学してからは、蛙化現象がより顕著に現れるようになった。中学の頃よりも彼と一緒にいる時間が長くなったからだと思う。だけどそれ以外にも原因はあった。


 1ヶ月前に付き合い始めた紺野は、クラスでも目立つ男子だった。サッカー部に入っていて、密かに好意を寄せている女子もたくさんいた。


 そんな人気者が選んだのは、芽依だった。


 告白してくれたときは、本当に王子様に思えた。カッコ良くて、明るくて、こんなに素敵な人だったら幻滅しないかもしれない。そう期待していた。


 だけどそんなのは幻想だった。


 放課後に紺野とフードコートに立ち寄った時、お盆を持ちながらうろうろと芽依を探す姿を見て拍子抜けした。


 こっちだよーとアピールするように手を振っても、相手は気付かない。声を出して呼べばよかったんだけど、人前で大声を出すのは恥ずかしかった。いつまで経っても見つけてもらえず、芽依は小さくなって背中を丸めた。


 それだけならまだ嫌いになるほどではない。だけどその後、決定的な出来事が起こった。


 紺野の提案で二人はカラオケに行くことになった。芽依は歌うのは得意じゃないと伝えていたけど、紺野は貼りついた笑顔を浮かべながら「歌わなくてもいいから」と言った。


 その言葉で紺野が一人で歌うのだと理解した。だけど実際は違った。


 薄暗いカラオケボックスで、芽依と紺野は並んで座る。いつもよりも距離が近いことが気になった。


 離れようと腰を浮かせた時、いきなり紺野が抱きついてきた。そのままセーラー服の下から手を忍ばせて、胸を触ろうとする。


「いいよね?」


 熱のこもった瞳でそう言われた瞬間、芽依はゾッとした。


(やだ、気持ち悪い)


 芽依は咄嗟に紺野を突き飛ばし、椅子から立ち上がった。


 救世主だと思っていた王子様も、いまは気持ち悪いとしか思えない。芽依は震える声で紺野に告げた。


「ごめん、なさい……。別れて、ください……」


 そう言い残して、芽依はカラオケから逃げ出した。


 繁華街を駆けていると、先ほどの紺野の顔ばかりが浮かんでくる。あの時向けられた表情は、いつものキラキラした笑顔ではない。欲望に支配された獣のような表情だった。


 あの表情こそが、紺野の本当の姿に思えた。


 走っている最中に足がもつれて、盛大に転んだ。通行人が芽依に注目する。

 そんな中、一人のサラリーマンが芽依に声をかけた。


「大丈夫、お嬢ちゃん? 随分派手に転んだねー。絆創膏持っているからあげるよ」


 サラリーマンはごそごそと鞄を漁ってから、絆創膏を差し出した。


「はい、どうぞ」


 その笑顔が先ほどの紺野の表情と重なった。


(この人もきっと同じだ)


 芽依は絆創膏を受け取ることなく、その場から逃げ出した。


 人気の少ない公園まで逃げてきて、ようやく恐怖心が薄れていった。芽依はブランコに腰掛けて、頭を抱える。


 一連の出来事で、芽依はこう考えるようになった。


(私に近付いてきたのは、助けるためなんかじゃない。そういう行為を求めているからだ)


 彼らの真の目的が見えた気がして、愕然とした。

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