第49話 ただならぬ雰囲気

 太鼓ゲームで撃沈した千颯ちはやは、ゲームセンターを後にした。これ以上、この場に留まっても芽依めいの好感度を下げるだけな気がしたからだ。


 気まずい空気の中、ショッピングセンターを歩いていると、アイスクリーム屋を発見。気分転換にはちょうどいいと思い、立ち止まった。


「芽依ちゃん、アイス食べようか」


 そう提案すると、芽依は無言で頷いた。


 キラキラとしたショーケースの中からアイスを選ぶ。千颯は抹茶アイス、芽依はストロベリーアイスを注文した。


 奥の座席に着いてからアイスを一口。その瞬間、強張った芽依の表情が緩んだ。


「美味しいです」


 その反応を見て、千颯はホッと胸を撫でおろした。


 アイスを食べながら、芽依は校門で鉢合わせをしたみやび達の話題を出す。


「そういえば、校門でお会いしたお二人とはどういう関係なんですか?」

「関係、か……」


 なんと答えるべきか悩む。


 出会って2日目の女の子に、偽彼女と愛人の件を話すのはどうかと思う。それに芽依はなぎともつながりがあるから、芽依経由で雅が偽彼女とバレる危険性がある。


 すでに両親にも雅を紹介した手前、話をややこしくするのは避けたい。仕方なく芽依にも表向きの関係性を伝えることにした。


「京都弁の子は、一応彼女だよ」


 そう説明した直後、芽依の表情が凍り付いた。


「かの、じょ?」

「ああ、うん。先に言っておけば良かったね」


 千颯は場の空気を和ませるように笑って見せる。が、芽依は表情を消してその場で俯いた。その反応を見て、千颯はまたしても間違えたことに気付いた。


 気まずい沈黙が流れる。フォローの言葉を考えていると、芽依は聞き取れるギリギリの声量で毒を吐いた。


「…………サイテーです」

「え?」


 唐突に突きつけられた刃に戸惑う。すると芽依は、俯いたまま言葉を続けた。


「彼女さんがいるのに、こうして私と出かけているのはおかしいです。浮気じゃないですか」


 返す言葉がない。芽依の言っていることはもっともだった。


 普通のカップルなら、恋人を差し置いて異性と二人きりで出掛けるなんてご法度だ。それくらいの倫理観は、千颯だって持ち合わせている。


 もし付き合っているのがなら、千颯だって芽依の誘いに乗ることはなかった。


 だけど雅は本当の彼女ではない。偽彼女だ。そこに義理立てする必要はない。


 ましては雅からは、行ってもいいと送り出されてしまった。誰も傷つけないのなら、行っても構わないと判断した。


 それにあの場で断れば、勇気を出して学校まで来てくれた芽依の気持ちを踏みにじることになる。誘いに乗ることが、一番平和的な解決策に思えた。


 言い訳はいくらでもできる。先に誘ってきたのはそっちじゃん、と芽依に責任を押し付けることもできる。


 だけど千颯は、言い訳はしなかった。どんな事情であれ、行くと決めたのは千颯自身なのだから。


「ごめん」


 千颯は頭を下げた。芽依を失望させてしまったのは千颯の責任だ。


 千颯は芽依が想像していたような、カッコよくて頼れるお兄さんではない。不器用で流されやすい男だ。


 本当の自分を見透かされて失望されてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。これ以上は、どんなに弁解しても無駄なような気がした。


 頭を下げたまま芽依の言葉を待つ。すると正面から、深い溜息が聞こえた。


「帰ります」


 芽依は荷物をまとめる。ギギっと音を立てて椅子から立ち上がった。


 そんな中、不意に芽依の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「あれ? 芽依じゃん」


 その声で千颯は顔を上げる。アイスクリーム屋に入ってきた男子高校生の集団の一人が芽依を指さしていた。


 こちらに視線を向ける男子高校生は、世間一般ではイケメンの部類に入る。今風にセットされたセンター分けの髪は垢抜けているし、目鼻立ちも整っていた。


 第二ボタンまで開けた白シャツからは、赤のTシャツが覗いている。かなり着崩しているけど、制服の特徴から芽依と同じ高校の生徒であることが伺えた。


紺野こんのくん……」


 芽依は怯えたように両手で鞄を抱きかかえる。逃げ場を探しているのか、きょろきょろと視線を巡らせていた。しかし奥の座席に座っているこの状況では逃げられない。


 藁にもすがる思いで、芽依は千颯に視線を送る。その反応で、紺野と呼ばれた男も千颯の存在に気がついた。


「あれ? もしかして新しい彼氏?」


 男は千颯を見定めるように上から下までじろじろと見つめる。なんとなく、敵意を向けられているのが伝わった。


 警戒する千颯を一通り凝視した後、男は再び芽依に視線を向けた。


「大人しそうな顔して、とんだビッチだな」


 鼻で笑いながら毒を吐く。明確な悪意を向けられた芽依は、なにも言い返すことなくその場で俯いていた。


 芽依が戦意喪失したことを確認すると、今度は千颯に矛先を変えた。


「俺、こいつの元彼なんすよ。あんたも気を付けた方がいいっすよ。こいつ、すぐに冷めたとか抜かすような奴なんで。蛙化だっけ? くっだらね」


 紺野は芽依を嘲笑った。それだけでは気が済まなかったのか、さらに毒を吐く。


「こいつは自分のことしか考えてない自己中女なんですよ。自分に惚れた男を利用して、恋人ごっこがしたいだけ」


 チラッと芽依の反応を伺う。芽依は小さくなって俯いていた。男は嘲笑いながら続ける。


「こいつ、女子からも相当嫌われてるんすよ。こいつが陰でどう言われているか教えてあげますよ」


 紺野は芽依をチラッと一瞥してから告げた。


「可愛いだけで中身空っぽのお人形さん。その通り過ぎて笑えるでしょ」


 男はゲラゲラと笑う。芽依はいまにも泣き出しそうな表情で震えていた。

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