第46話 デートのお誘い

 放課後、みやび愛未あいみの三人で帰ろうとすると、校門の陰に見覚えのある美少女がいた。


 肩上でカットした栗色のふわふわの髪。ぱっちり二重の目。小柄な身体にはセーラー服をまとっている。それはまさしく、千颯ちはやがつい先ほどまでやりとりをしていた芽依めいだった。


 芽依は校門の陰に隠れながらチラチラと校舎内を覗いている。他校の生徒ということもあり、周囲からの注目を集めていた。


 千颯は急いで芽依のもとに駆け寄る。


「芽依ちゃん、どうしたの? こんなところで」

「ああ! お兄さん!」


 千颯の顔を見た瞬間、芽依は驚いたようにビクリと飛び跳ねた。それから視線を泳がせながら落ち着きなく足踏みをする。


 ギューッと目を閉じた後、恥ずかしそうに頬を染めながら顔を上げた。


「お兄さんに会いたくて、来ちゃいました……」


 一歩間違えばストーカーとも捉えられる発言も、芽依が言うと微笑ましく感じるから不思議だ。戸惑いつつも、そこまで悪い気はしなかった。


「千颯くん、もしかして例の女の子?」


 千颯の背中を突っつきながら尋ねる雅。その表情は、どこか笑いをこらえているようにも見えた。


「うん、なぎの友達の芽依ちゃん」


 隠しても仕方ないので、素直に芽依を紹介する。雅と愛未から注目された芽依は、慌ててお辞儀をした。


「め、芽依です……」


 怯える小動物のような芽依を見て、雅は頬を緩ませた。


「可愛いなぁ。守ってあげたくなるなぁ」


 その言葉が本音か建前かは判断できなかったけど、芽依に対して悪い感情は抱いてないことは伝わった。


 愛未に関しても、雅とそう変わらない反応だ。あらかじめ蛙化現象に悩む女の子という説明があったから、小動物を見るような温かい視線を向けていた。


 とりあえず面倒なことにはならなそうで、千颯はほっとした。それからもう一度、芽依と向き合う。


「俺に会いに来たっていうのは、昨日の相談の続きをしたいってこと? それならこの二人もいた方が良いアドバイスをもらえると思うけど」

「い、いえ。相談ではなく、単純にお兄さんに会いたくて……」

「え? 俺に? なんで?」


 そう尋ねると、芽依はさらに顔を赤くした。落ち着きなく何度か足踏みをした後、意を決したように顔を上げた。


「お兄さん! 良かったら、これから私とお出かけしませんか?」

「お出かけ? なんで?」


 芽依の真意が掴めずに千颯が首を傾げていると、雅に脇腹を小突かれた。それから耳元で囁かれる。


「ちょっと! デートのお誘いだってなんで気付かへんの?」

「デート?」


 たしかにこのシチュエーションならデートのお誘いと考えるのが自然だ。その事実を認識した瞬間、千颯はまんざらでもない表情を浮かべた。


「デートって俺と? いやー、参ったなぁ。え? これ行っていいやつ?」


 千颯はデレデレしながら雅を見る。雅は愛未を見た。

 みんなからの視線を集めた愛未は、さらりと答えた。


「私は構わないよ。私との時間もちゃんと作ってくれるなら、それでいい」


 やけに物わかりの良いことをいう愛未。それはそれでちょっともやっとする千颯だった。そして偽彼女である雅も、当然のように許可を出す。


「愛未ちゃんが気にせんならええよ」


 雅に関しては、自分がどうこうというより、愛未が気にしないなら良いというスタンスだった。


 二人から許可が出たことで、千颯はあらためてどうするか考える。


 わざわざ学校まで来てくれたのに、追い返すというのも感じが悪い。凪の友達である以上、関係を悪化させるのは避けたかった。


 とはいえ、一番の理由はそこではない。わざわざ会いに来てくれたという芽依の気持ちが素直に嬉しかった。倫理的にはあまりよろしくないが、ここは流れに身を任せてみることにした。


「それじゃあ、行こうか」


 千颯に言葉に、芽依はパァァと表情を明るくする。


「はいっ!」


*・*・*


 千颯と芽依は、学校から数駅離れたショッピングセンターにやってきた。あえて離れた場所を選んだのは、クラスメイトに目撃されるのを避けるためだ。


 とはいえ学校から離れていても、見つかる可能性は大いにある。万が一のために「妹の友達から相談されていただけ」という大義名分も頭の中で準備しておいた。


 隣にいる芽依は、緊張した表情を浮かべながらチラチラと千颯の様子を伺っている。ふとした拍子に目が合うが、そのたびに慌てたように目を逸らされた。


(可愛い……)


 恥じらいながら千颯を見つめる芽依は、破壊的に可愛かった。


 人の流れに沿ってエスカレーターに乗っていると、ゲームセンターを発見した。行く宛のなかった千颯は、ゲームセンターを指さす。


「芽依ちゃん、ゲーム好き?」


 唐突に話を振られて芽依はあたふたする。千颯とゲームセンターを交互に見つけた後、コクコクと何度も頷いた。


「はいっ!」


 その言葉で最初の行先が決まった。

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