第45話 終わりのないメッセージ

 芽依めいと連絡先を交換した日の晩、千颯ちはやがベッドで寝転んでいると芽依からメッセージが届いた。


『今日は相談に乗ってくれてありがとうございます。お兄さんにお話を聞いてもらえて心が軽くなりました!』


 その文面を見て自然と頬が緩む。浮かれた気持ちのまま、すぐに返信をした。


『それなら良かった。俺で良ければいつでも相談に乗るよ』


 返信した直後、スマホが振動して新たなメッセージの受信する。


『お兄さんは優しいんですね。なんだか好きになってしまいそうです』


「なっ……」


 予想外の言葉に、千颯はベッドから飛び起きた。


(まさか芽依ちゃんが俺を好きになるなんて。いや、好きになってしまいそうだから、まだ好きってわけじゃないのか? ちょっとした冗談って捉えていいのか?)


 芽依の真意が分からず、ぐるぐると悩む。


 女の子から好意を向けられるのは素直に嬉しい。相手が芽依のような美少女なら尚更だ。


 だけどいまの千颯には、芽依を相手にするほどのキャパはない。雅に偽彼女をしてもらいながら、愛未との距離を縮めようとしている状況ではどう考えたって無理だ。


 どう返信するべきか頭を悩ませるも、上手い返しなんて思いつかない。苦肉の策として『ええっ!』と大袈裟にリアクションを取るクマのスタンプを送った。


 少し待つと、またメッセージが届く。


『ごめんなさい! 変なこと言って。いまのは忘れてください! そんなことより、お兄さんはどちらの高校に通ってるんですか? うちの高校じゃないですよね?』


 芽依が別の話題を振ってくる。結局その日は、深夜まで芽依とのやりとりが続いた。


*・*・*


 翌日の昼休み、千颯はみやび愛未あいみと一緒に学食にやってきた。雅が学食に行ったことがないと言っていたため、せっかくだし行ってみるかという流れになったからだ。


 千颯は学食のおばちゃんから担々麺を受け取ると、先に席に向かった雅の姿を探した。学食は大勢の生徒で賑わっていて、すぐに探し出すことはできなかった。


 千颯がお盆をもってうろうろしていると、「こっちやでー」と声を掛けながら大きく手を振る雅を発見した。合図してくれた雅に感謝しながら、席に向かった。


 テーブルにお盆を置いた瞬間、千颯はハッと気づいた。


「芽依ちゃんが言ってたのはこれか……」


 フードコートでうろうろ探し回っている姿を見て蛙化したという話を思い出した。


「ん? 何の話?」

「いや、なんでもない」


 雅は首を傾げていたが、千颯は適当にはぐらかした。


「ここの学食、結構おいしいなぁ」


 雅はどんぶりにご飯がぎっしり入った味噌かつ丼を絶賛していた。うちの学食の丼ものは、運動部基準になっていることもあり、なかなかボリューミーだった。


 しかし雅は大盛りの丼ものを前にしても怯むことはない。頬を緩めながら美味しそうに食べていた。


 すると隣に座っていた愛未が、驚いたように雅を見つめる。


「雅ちゃん、がっつり系にしたんだね。普段は小さなお弁当だから、少食なのかと思った」

「うち、食べる時は食べるで? 普段は腹八分目にしとるけどなぁ。お腹いっぱいになると、午後の授業で眠くなるから」

「じゃあ、今日は眠くなっちゃうんじゃない?」

「5時間目は選択授業の音楽だから大丈夫。歌ってたら眠くならへんもん」

「たしかにそうだね」


 雅と愛未はそんな会話をしながら笑っていた。


 その様子を眺めつつも、千颯はスマホをチェックする。予想していた通り、芽依からのメッセージが届いていた。


『お昼休みですね。お兄さんは何食べているんですか?』

『担々麺』


 そう返信してからスマホをテーブルに置く。するとすぐに新しいメッセージが届いた。


『お兄さんって、辛いのいける口ですか?』

『辛いのは結構好きだよ』

『そうなんですね! そう言えば、うちの高校の近くに激辛ラーメンのお店ができたんですよー』

『そうなんだ』

『お店のURL貼っておきますね』

『ありがとう』


 終わりの見えない会話が永遠と続く。実は今朝からずっとこの調子だった。芽依は隙あれば千颯にメッセージを送っていた。


 会話の内容は取り留めのない雑談で、相談とはほど遠い。可愛い女の子と連絡を取り合うのは喜ばしいことだけど、こうも頻繁だと日常生活に支障をきたす。


 スマホが振動して新しいメッセージが届くと、千颯は小さく溜息をついた。しかし、無視するのも申し訳ないので再びスマホを手に取る。


「担々麺、伸びるで?」


 雅が怪訝そうな顔をしながら指摘する。その声で千颯は、スマホを取る手を止めた。


「そうだね。食べるよ」


 とりあえず芽依への返信は、食べ終わってから考えよう。

 気を取り直して担々麺を食べ始めたが、雅は怪訝そうな顔で千颯を見つめていた。


「さっきからずっと連絡来とるみたいやけど、何かあったん?」


 千颯の異常行動は、雅には見破られていた。

 話すべきか迷ったけど、隠すような内容ではないと判断し、千颯は昨日の出来事を話した。


「実はさ……」



 説明を終えると、雅は「なるほどなぁ」と腕を組んだ。


「蛙化現象に悩む女の子の相談に乗っていたら、懐かれてしまったってわけかぁ」

「そうなんだよ……」

「千颯くん、モテキやん」


 雅はニヤニヤしながら千颯を揶揄っていた。予想はしていたけど、雅が嫉妬することはない。


 チラっと愛未の様子も伺ってみる。こちらもあまり動揺しているわけではなさそうだった。それどころか、別のところに興味を示していた。


「私以外にも、蛙化現象で悩んでいる子がいるなんて。一度会って話してみたいな」


 と、芽依との接触を望んでいた。


 修羅場にならなかったのは喜ぶべきことだけど、まったく嫉妬されないというのも考えものだ。どこかがっかりした気持ちのまま、千颯は担々麺を啜った。

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