第43話 惚れたら終わり

 妻というパワーワードで、気まずい空気が流れるリビング。そこから逃げ出すように、千颯ちはやはソファーから立ち上がった。


「そろそろ寝ようか。みやびは1階の和室を使っていいから」


 そう告げると、千颯は逃げるように和室に向かった。


 千颯は和室に布団を敷く。当然ではあるが、ここで寝るのは雅だけだ。千颯は自分の部屋で寝ることになっている。


 その件に関しては父親からも釘を刺されていた。「高校生なんだから弁えろよ」と。雅や凪には気取られないように、こっそり伝えるあたりが抜け目ない。


 父親に言われるまでもなく、雅とどうこうするつもりはない。布団を敷いたら、さっさと出て行くつもりだ。


 だけど先ほど妻なんてパワーワードが出たせいか、雅と二人きりの空間で布団を敷いているシチュエーションが妙にいやらしく感じる。それこそ新婚夫婦のようだった。


(何を考えてるんだ俺は!)


 邪念を振り払うように、千颯はブンブンと首を振る。そして手早く布団を敷き終えた。


「じゃあ、おやすみ、雅」


 千颯はわざとらしく笑顔を浮かべながら部屋から出て行こうとする。


「うん、おやすみ」


 雅はぽーっとした表情をしながら、千颯が部屋から出て行くのを見つめていた。




 自分の部屋に戻った千颯は、脱力したようにベッドに倒れ込んだ。


(あーあ、もう何をやってんだか……)


 羞恥心に苛まれて頭を掻きむしる。同時に先ほどの不用意な発言を後悔した。


 雅は偽彼女だ。本当に付き合っているわけでもないのに、妻呼ばわりするのは失礼すぎる。


 雅は可愛くて、社交的で、芯の強い女の子だ。どう考えたって千颯とは釣り合わない。そんなことは初めからわかっていた。


 だけど最近は雅との距離が近くなり過ぎて、自分の立場を見失っていた。ここら辺で現実を再認識しなければならない。


 目を瞑ると、雅のほんわかした笑顔が思い浮かぶ。それは愛未へのドキドキとは少し違い、心の底から愛おしいと思えた。


「本気で惚れたら、いろいろ終わりだよな……」


 千颯の力ない声が、深夜1時を回った部屋の中で小さく響いた。


*・*・*


 翌日は学校が休みだったため、千颯はいつもより少し遅い時間に目を覚ました。


 リビングに入ると、両親と凪、そして雅が和やかに朝食を囲んでいた。違和感なく我が家に溶け込んでいる雅を見ると、さすがとしか言いようがない。


 千颯が「おはよう」と声をかける前に、雅はくるりと振り返ってこちらの存在に気付いた。


「あ、千颯くんやっと起きた」


 まるで遅く起きたことを非難するような口ぶりだ。千颯は眠い目をこすりながら、自らの正当性を訴えた。


「休日は遅くまでだらだら寝てていいって、法律で定められてるんだよ」

「定められ取らんよ。早起きせんともったいないで」

「休日に早起きするほうがもったいないよ」


 千颯の言い分を聞いた雅は、やれやれと肩を竦めた。


 その直後、千颯のスマホが振動する。画面を確認すると、愛未あいみからメッセージが届いていることに気付いた。


 アプリを開いてメッセージ内容を確認した瞬間、千颯は凍り付いた。


『千颯くんと雅ちゃんが一夜を共にしたって本当?』


 愛未はとんでもない誤解をしていた。というか、どうして雅が千颯の家に泊っていることを知っているんだ?


「ちょっと雅、これ……」

「ん? なに?」


 メッセージを読むと、にこやかな雅の表情が真顔に変わっていった。


「これ、あかんやつや」

「そもそもどうして雅がうちに泊まっていることを知ってるの?」

「それはうちが話したから。こういうのはコソコソせずに堂々と言った方がええと思って」

「でもこれは、完全に誤解されているんじゃ……」

「されとるなぁ」


 千颯は頭を抱えた。


 とりあえず朝食を後回しにして、愛未へ弁解する。しかし愛未は、『またまたぁ。隠さなくてもいいんだよ』と疑っていた。


 文面では埒が明かないため、電話で直接説明した。30分にも及ぶ弁明の末、愛未はようやく千颯を信じてくれた。


 その一部始終を見ていた雅は、苦笑いを浮かべていた。


「千颯くんも苦労するなぁ」


 まったくもってその通りである。千颯は力なく溜息をついた。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

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次回からは新キャラが登場して、さらなる波乱が巻き起こります。お楽しみに!


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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