第42話 雅との関係
「そういえば、愛未ちゃんとは最近どうなん? この前の一件もあったし、ちょっとは進展したんやないの?」
雅から尋ねられて、先日のカラオケでのやりとりと愛未の家でのやりとりをまとめて思い出す。
こちらを試すように上目遣いで見つめる瞳。理性をかき乱すような思わせぶりな言葉。突然抱き着かれた時のふにふにとした感触。思い出すだけで顔が熱くなった。
「距離は詰められてるような気がする」
「なんやの? その受け身な発言は?」
「まあ、ええことやん。好きな子から距離詰められるなんて嬉しいことやないの?」
「そりゃあ、愛未のことは好きだよ。抱きつかれたときも嬉しかったし」
「抱きつかれたんや」
「あ……えっと……それは……」
「隠さなくてもええよ」
愛未から抱きつかれたことをうっかり喋ってしまって後悔した。上手く理由は説明できないけど、雅にそういう話を聞かせるのは抵抗があった。
「せやけど、その言い方やとただ嬉しいだけやなさそうやなぁ」
雅は鋭く千颯の心を見破った。やっぱり雅には隠し事はできない。
千颯は心の内で渦巻くもやもやを雅に明かした。
「愛未から距離を詰められるのは悪い気はしないけど、それにどう答えればいいのか分からない。蛙化現象のことがあるから、俺から距離を縮めたら引かれそうだし……」
「なるほどなぁ」
雅は両手を組んで、こちらの意を汲み取るように頷いた。
一度弱音を吐くと、自制心が鈍ってくる。誰かに伝えるつもりのなかったもやもやが次から次へと溢れ出して、言葉として表面化した。
「愛未といる時はドキドキしっぱなしで、感情もジェットコースターみたいに上下するんだよね。ずっと愛未のペースに振り回されてる感じで、正直……」
疲れる。そう言いかけたことに、自分が一番驚いていた。同時に自己嫌悪に襲われた。
愛未が好きな感情に嘘はない。中学時代から抱いていた恋心は、いまも色褪せていなかった。
愛未と目が合えばドキッとするし、笑顔を見せられたらそれだけで舞い上がってしまう。教室でも無意識に愛未の姿を探している自分がいた。
だけどずっと一緒にいたいかと訊かれたら、イエスと即答できない気がする。
愛未と一緒にいる時間は常に気を張っていて、話が終わる頃にはどっと疲れていた。
遠くから見ている分には最高だけど、近付くとしんどくなる。愛未の傍に居続けたら、神経をすり減らしていつか心が折れてしまいそうな気がした。
これも一種の蛙化現象なのだろうか? そんな感情を抱いている自分が、ひどく我儘で薄情に感じた。
千颯が押し黙っていると、雅が小さく溜息をついた。
「いまは千颯くんが耐える時期なのかもしれんなぁ」
「耐える?」
「愛未ちゃんは千颯くんのことが好きやけど、千颯くんから好意を向けられることにはまだ慣れてへん。千颯くんがグイグイ行ったとしても引かれるのがオチや。でも、二人の間に信頼関係が築けたら、愛未ちゃんも素直に千颯くんの好意を受け止められるようになると思うで」
「そうなのかな?」
「きっとな」
なんだかそれは果てしなく長い道のりな気がした。それまで自分は耐えられるのだろうか?
目の前に高い壁ができると、つい他の道を探してしまう。千颯は雅をぼんやり見つめながら言った。
「長く一緒にいるんだったら、雅みたいなタイプの方が良いんだろうな」
「ん? どういうこと?」
「俺、雅といる時は気が楽なんだよね。カッコつけなくてもいいし、変にドキドキすることもない」
「それ、まあまあ失礼なこと言ってるって自覚ある?」
雅からジトっとした視線を向けられたことで、自分が失言をしたことに気付いた。
「違うよ! 雅を女子として見てないとかそういう意味じゃないから。雅は本当に可愛いし、十分魅力的だから!」
「お世辞ありがとう」
雅は他人行儀な笑みを浮かべた。とはいえ、いつまでもへそを曲げているわけではなく、自分の立ち位置を冷静に分析した。
「千颯くんがそう思うのは、うちのことを友達やと思ってはるからやないの? だから変に気を使うこともないし、ドキドキもせーへん」
「うーん……友達っていうのとはちょっと違うんだよなぁ……」
友達と呼ぶにはちょっと味気ない。上手くは言えないけど、もう少し特別感がある。相棒とか運命共同体とかそういう類の。
上手い言葉を探していると、先ほどの凪の言葉を思い出した。
「たとえるなら、妻?」
「はーーーー? 妻?」
千颯の突拍子のない言葉に、雅は大声で仰け反りながら突っ込んだ。
「彼女もすっ飛ばして妻って、何言ってはるん? え? うちいま口説かれとるん?」
雅から盛大に突っ込まれて、自分が随分ズレた発言をしたことに気がついた。
「ごめん! 妻ってたとえは違うよね! なんて言うか、損得勘定なしに自然体でいられる関係ってこと。そう、それが言いたかった!」
千颯は咄嗟に弁解する。しかし妻というパワーワードは簡単には打ち消すことはできず、二人の間に重々しく居座った。
「妻ねー、千颯くんはそんな風に思ってはるんやなぁ」
「気を悪くしたならごめん! 俺みたいなやつが雅を妻扱いしているなんておこがましいよね」
「別にそういうわけやないけど……」
雅は小さな声でボソッと否定する。その顔はいつもよりも赤くなっていた。
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