第39話 またあとで

 放課後、千颯ちはやみやびは他愛のない話をしながら電車に揺られていた。


 会話に夢中になっていたら、あっという間に雅の最寄り駅に到着。雅はひらひらと手を振りながら別れを告げた。


「ほな、またあとでなぁ」

「うん。また」


 遠ざかる雅の背中を見つめていると、千颯はある違和感に気付く。


(ん? またあとで? また明日の間違いじゃないか?)


 「またあとで」という言い回しだと、この後また会うような意味に捉えられる。しかし千颯は、雅と約束なんかしていない。この後は普通に家に帰るだけだ。


 疑問を残しつつも、きっと言い間違いだろうという結論づけ、それ以上は考えるのをやめた。


 家に帰ると、妹のなぎが慌ただしくリビングの掃除をしていた。


 掃除機を片手にテーブルの拭き掃除をしている。なにも一度にやることはないのに、凪は二つの作業を同時進行していた。


「急に掃除して、どういう風の吹き回し?」


 千颯が尋ねると、凪はキランと目を輝かせた。


「ちょうどいいところに来た。千颯も手伝って!」

「手伝うって何を?」

「見れば分かるでしょ? 掃除だよ! そ・う・じ!」


 凪はそう言うと、千颯に掃除機を押し付けてきた。


「リビングが終わったら、洗面所と一階の和室もお願いねー」

「……分かったよ」


 帰宅して早々掃除を押し付けられたのは不服だったが、ここは素直に従うことにした。


「掃除機かけ終わったら買い物もお願いねー。買ってきて欲しいものLIENで送るから」

「まったく、人使いが荒いなー」


 千颯は深々と溜息をついた。


 掃除機をかけ終わってから買い物に出掛ける準備をする。LIENを開くと、凪からの買い物メモが送られていた。


 にんじん、たまねぎ、じゃがいも、鶏もも肉。このラインナップから推測するに、今夜はカレーだろう。


 念のため戸棚にカレールーがあるか確認する。前回買い置きしたストックがまだ残っていた。凪の書き忘れというわけではなさそうだ。


 凪は時々とんでもないミスをやらかすから油断ならない。カレーを作るつもりで買い物に行ったのに、肝心のカレールーを買い忘れるなんてこともザラにある。だから一応確認したが、今回は大丈夫そうだ。


「じゃあ買い物に行ってくる」

「行ってらー」


 凪は米を研ぎながら千颯を送り出した。


 無事に買い物を済ませ、買い物袋を片手に帰宅する。途中で本屋に寄っていたから、少し帰りが遅くなってしまった。


「ただいまー」


 凪に声をかけるが返事がない。その代わりに風呂場からシャワーの音が聞こえた。


(凪のやつ、先に風呂に入っているのか)


 夕食前に凪が風呂に入るのは、なんら不思議なことではない。ご飯を食べてまったりした後だと、風呂に入るのが面倒くさくなるからだと前に話していた。


 千颯は洗面所をスルーする。そのまま冷蔵庫に向かって、買ってきた食材を詰めようとした。


 野菜に触れようとした時、まだ手を洗っていないことに気付いた。千颯はいったん買い物袋を床に置き、洗面所に向かった。


 藤間家は洗面所と風呂場が同じ部屋にある。だから手を洗うには脱衣所に入る必要があった。


「凪、手を洗うから入るよ」


 シャワーの音はすでに止まっていたため、一声かけてから洗面所の扉を開けた。


 別に風呂上がりの凪と鉢合わせしたからってどうってことはない。凪は下着のまま家の中をうろつく習性があるから、いまさら見たところでお互い何とも思わなかった。


 その油断がいけなかった。


 扉を開けた瞬間視界に飛び込んできたのは、淡い水色の布で覆われたふくよかな胸。下半身は同じ素材の布で覆われていた。


 視線を上げると、髪を下ろした美少女と目が合う。それはつい数時間に駅で別れた京美人だった。


「雅……何でここに……」


 千颯と目が合った瞬間、雅はワナワナと震える。そして真っ赤な顔をしながら叫んだ。


「何入って来とるん、ドアホーーーー!」

「ぶはっ!」


 雅は手元にあったバスタオルを千颯に投げつけた。


 バスタオルで視界を覆われた千颯は、よろよろと後退りする。その隙に、洗面所の扉がバタンと閉められた。


 洗面所から追い出された千颯は、あまりの出来事に放心していた。


(どういうこと? なんで雅がうちの風呂に……)


 状況が掴めずパニックになる。


(というか俺、雅の下着を見ちゃった……)


 見たのは一瞬だったけど、淡い水色の下着が、脳裏にばっちり焼き付いていた。


 存在感のある胸に、緩いカーブを描いたウエストとヒップライン。そしてスラッと伸びた脚。まるでグラビアモデルのような整ったプロポーションだった。


 普段はまとめている髪は、腰の位置まで長さがあった。濡れ髪だったことも影響してか、妙に色っぽく見えた。


 本来であれば決して見ることのできない無防備な姿を目の当たりにして、千颯の心臓はバクバクと暴れていた。そんな千颯のもとに凪がやってくる。


「何してんの? そんなとこで突っ立って」


 首を傾げる凪に、千颯は勢いよく詰め寄った。


「どういうことだよ! なんで雅がうちに!」


 混乱を隠せないまま説明を求める千颯に、凪は呑気に答えた。


「なんでって、今日雅さんはうちに泊まるからだよ」

「……はい!?」

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