第38話 一件落着

 翌日の昼休み、千颯ちはやみやび愛未あいみに呼び出された。そこで昨日の千颯の行動が、予想以上に功を成していたことが知らされた。


「実はね、お母さんとあいつが別れたんだ」


 愛未からそう聞かされたときは驚いた。隣でお弁当を広げる愛未は、千颯達に詳しい事情を説明する。


「私に手を出そうとしたことがお母さんにバレたみたい。それでお母さん、あいつのこと引っぱたいて、二度とうちに出入りするなって怒鳴ったんだ。だからもう、うちには来ないと思う」

「急展開過ぎない? なんでそんなことに?」


 千颯は思わず尋ねる。昨日の今日でここまで進展するとは思わなかった。


「私も直接二人のやりとりを見ていたわけじゃないから詳細は分からないけど、あいつが昨日のことをお母さんに話したみたいなの。そのときうっかり、私を狙っていたことも喋っちゃったみたい」

「俺が狙ってたのに他の男に横取りされた的な?」

「うん。そんな感じだと思う」


 勝手に自爆していたら世話ない。もしかしたらこちらが事を起こさずとも、勝手に自爆して解決していた可能性すらある。


「なんだ。それなら俺達が出て行く必要もなかったんじゃ……」


 千颯が脱力すると、愛未は大きく首を左右に振った。


「そんなことない。このタイミングであいつと縁を切れたのは、昨日の一件があったからだよ。あのままあいつを野放しにしていたら、本当に手を出されていたと思うし、未遂で終わったのは千颯くん達のおかげだよ」


 たしかにあの時千颯達が動かなければ、愛未は男に襲われていた可能性がある。そういうギリギリの状況まで追い込まれていたんだ。


 最終的には自爆して縁が切れたとしても、実害があってからでは遅い。被害を未然に防げたという意味では、昨日の行動は無駄ではなかったのかもしれない。


 千颯が納得しかけたとき、雅はもう一つの懸念事項を口にした。


「お母さんとの関係は大丈夫なん? 人の男を横取りして、みたいな感じで責められなかったん?」


 すると愛未は、首を横に振った。


「それがね、むしろ逆だったの」

「逆?」

「お母さんからは、どうしてもっと早く言わなかったのって、逆に怒られた」

「それって、お母さんは愛未ちゃんのことを……」


 雅がひとつの可能性を口にしようとすると、愛未はフフっと自嘲気味に笑った。


「さあ、どうなんだろうね」


 愛未の家庭についてこれ以上言及するのは憚られた。


 ひとまずは一件落着だ。愛未が平穏に過ごせるようになったのは喜ぶべきことだ。千颯が安堵していると、雅が別の問題を持ち出してきた。


「そういえば千颯くん、ネットのおもちゃにされとったで?」

「へ? どういうこと?」

「ほら」


 首を傾げる千颯に、雅はスマホの画面を見せた。そこにはSNSのある投稿が映し出されていた。


【なぎちぇ@ユッキー最推し

 兄の反抗期ほど見ていて痛々しいものはないよね】


 投稿には白銀の髪にビアスをつけたヤンキーが映っていた。顔は映っていないが、間違いなく昨日の千颯だ。


「は……なにこれ? なぎちぇって……」


 目の前に映し出されたのは見知らぬアカウント。だけどアカウント名を口に出した瞬間、犯人にピンときた。


なぎのやつ……実の兄を晒しやがって……」


 妹への怒りが沸々と湧いてくる。そんな千颯の様子を、雅はニマニマと面白そうに見つめていた。


「まあ、ええやん。千颯くんの顔が出ているわけやなし、凪ちゃんのアカウントも鍵アカやから拡散はされへんよ」

「鍵アカなのか。じゃあ全世界に俺の黒歴史が晒されることはないか」

「たぶんなぁ」


 たぶん、というのが引っかかるところではある。とりあえず家に帰ったら凪を捕まえて、投稿を消すように促そう。


「というか、なんで雅と凪が繋がってんの? いつの間にそんなに仲良くなったの?」


 雅と凪が会ったのは、ストーカー騒動のあとに千颯の家に来た一回だけだ。あの時は推しの話で意気投合していたが、まさか千颯を介さずに繋がりを持つほど仲良くなるとは思わなかった。


「まあ、成り行きやな」


 困惑する千颯を見て、雅は含みのある笑いを浮かべた。


「へー……そうなんだ……」

「今度遊ぶ約束もしとるでー」


 やはり女同士は仲良くなるのが早いらしい。雅達の社交性の高さに圧倒される千颯だった。


 そして先ほどの雅の発言がその後の伏線になるなんて、この時の千颯は知る由もなかった。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

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次回からは雅のターンになります。雅ファンの方はぜひお楽しみに!


作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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