第34話 作戦

 愛未あいみを助けるための良い解決策が見つからず頭を抱えていた時、ふとみやびが難しい顔をしながら尋ねた。


「愛未ちゃん、その男ってどんな人なん?」


 予想外の質問をされて愛未は目を瞬かせる。一瞬の沈黙を作りながらも、愛未は男の特徴を明かした。


「えっと、歳は24歳で、外見は背が高くてひょろっとしているよ。性格は一言で表せば軽薄かな。こっちが真剣に話しても、のらりくらりかわされる感じ。お母さんの前では、若いことを武器に甘えん坊キャラで通しているみたい。娘の私から見れば、ただ気持悪いだけなんだけどね」

「ヤクザみたいな怖いタイプではないん?」

「怖くはないかな。殴ったり蹴ったりされたことはないし」

「なるほどなぁ」


 雅は腕を組みながら、神妙な顔で頷いた。男の特徴を聞いた雅は、予想外の提案をする。


「そんなら、愛未ちゃんにゴッツイ彼氏ができたら引くんちゃう?」

「ゴツイ彼氏?」

「せや。たとえばゴリゴリのヤンキーが愛未ちゃんの彼氏だと分かれば、びびって引くんちゃう?」

「そうかなぁ……」


 愛未はいまいちピンとこないのか首を傾げる。すると雅は、男の行動原理を分析した。


「話を聞く限り、その男は誰かと争ってまで愛未ちゃんを手に入れようとするタイプではないと思うんよ。どうせ交際相手の娘が高校生だから、あわよくばって下種な気持ちで近付いたんやないの?」

「それは、そうかも」

「軽い気持ちで手を出そうとしとるんやったら、誰かと喧嘩してまで手に入れようとは思わんはず。自分より強いものが現れれば、あっさり手を引くんやないかなぁ」

「なるほどね、たしかにそれは一理あるかも」


 愛未は納得するように頷いた。そこで千颯ちはやも会話に混ざる。


「でもさ、ヤンキーなんてどこから連れてくるの? 雅はヤンキーの男友達とかいるの?」


 千颯が尋ねると、雅はあっさりと首を横に振った。


「そんなんおらんよ。仲のいい男子なんて千颯くんだけやし」


 自分だけという言葉に優越感を覚えたが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。浮かれる心を追い払って本題に戻った。


「それじゃあ、ヤンキーはどこから連れてくるの?」


 すると雅はにやりと笑った。


「連れてくるんやない。作り出すんや」


 その直後、千颯と朔真さくまを交互に見つめた。


「千颯くん、お兄ちゃん、どっちかヤンキー役やってくれへん?」

「へ?」


 突拍子のない提案に千颯は間抜けな声を上げる。一方、朔真はある程度予想をしていたのか、やれやれと肩を竦めた。


「そんなことやろうと思ったわ。先に言っとくけど、僕には荷が重いなぁ。生まれ持った気品はそう簡単に隠せるものやない」

「それ、自分で言っとって恥ずかしくないん?」


 雅はジトっとした視線で朔真を一瞥した。それから千颯に注目する。


「そんなら千颯くんがやるしかないなぁ」

「俺がヤンキー? 冗談でしょ?」


 いままでグレることなく真っすぐ育ってきた千颯に、ヤンキー役は荷が重かった。しかし雅はぐいぐいと勧めてくる。


「大丈夫やって。服装と髪型を変えてそれっぽくするだけやから。なにも喧嘩しろとか言っとるわけやない」

「そうは言っても……」

「千颯くんは愛未ちゃんを助けたいんやないの?」


 雅の言葉で、咄嗟に愛未に視線を向ける。愛未は戸惑いながらも、千颯を見つめていた。


 愛未を引き合いに出されると無下に断ることはできない。


 好きな子を助けたいと思うのは当然の心理だ。千颯だっていまの状況を放っておくわけにはいかなかった。


 自分にできることがあるなら力になりたい。その気持ちに嘘はなかった。


 そのためにヤンキー役を演じるというのはどこかズレている気がするが、その行動が愛未の助けになるなら動くほかなかった。


「……わかった。やるよ」

「さっすが千颯くん!」


 雅はわざとらしく拍手をしながら大袈裟に喜んでいた。

 愛未も目を丸くしながら千颯を見つめる。


「いいの? 千颯くん」


 まるで救世主を見るような瞳で見つめられて、千颯の鼓動が高鳴った。


「うん。上手くいくかは分からないけどやるよ」


 千颯が宣言すると、愛未は表情を緩ませながら両手を合わせた。


「ありがとう! 千颯くん!」


 愛未から感謝されて、千颯の心はさらに舞い上がった。すると朔真がおもむろにソファーから立ち上がった。


「とりあえず方向性が定まって良かったなぁ。千颯くん、お茶のお代わりでも入れましょか?」

「え? お茶?」


 朔真はなぜか千颯にだけお茶のお代わりを勧めてきた。先ほど千颯がお茶をこぼしたことを気遣ってくれているのだろうか?


 ちょうどお茶を飲み切ったところだったため、遠慮なくいただくことにした。


「えっとじゃあ、いただきます」


 千颯の返事を聞いた朔真は、ひくりと唇の端を引き攣らせた。そのままお茶の準備をする様子もなく、薄笑いを浮かべながら千颯を見下ろしていた。


 その様子を見て、雅が叫ぶ。


「お兄ちゃん! 千颯くんを帰らそうとせんといて!」

「え!? 俺帰らそうとされていたの!?」


 朔真の真意を知った千颯は、驚きの声をあげた。同時に自分が随分長居してしまったことに気がついた。


「すいません! 俺、もう帰ります! お邪魔しました」


 千颯は急いで荷物をまとめて席を立つ。朔真は「そんな急がんでもええよー」と薄笑いを浮かべながら言っていたが、これは真に受けてはいけないと判断した。


 玄関まで見送りに来た雅は「ほんま堪忍なぁ。うちのお兄ちゃん、シスコンなんよ。気を悪くせんといてなぁ」と両手を合わせて謝っていた。


 雅には「大丈夫だから」とフォローをしながら、千颯は慌ただしくマンションをあとにした。

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