第35話 二度目の変身
翌日、
「いろいろ小道具を買ってきたで。ヘアカラーにタトゥーシール、それにリングピアス」
雅はベンチに次々と変身グッズを並べる。その光景を見て、千颯は冷や汗をかいた。
「待って待って! 髪染めてタトゥーなんて入れたら校則違反になるよ。それにピアスの穴を開けるのもちょっと……」
「心配せんでもええで。ヘアカラーもタトゥーシールも1日で落とせるやつを選んだし、ピアスも穴を開けなくても付けられるやつやから」
「そういうやつもあるんだ……」
ヤンキーに変身しても、明日にはもとに戻れるなら生活には支障をきたさない。千颯が了承したところで、さっそく準備に取り掛かった。
「千颯くん、厄介なことに巻きこんじゃってごめんね」
「いいって。もともと俺から巻き込まれにいったみたいなものだし」
千颯が笑って見せると、愛未は安堵の溜息をついた。
「千颯くんは優しいね」
雅はヘアカラーのスプレーを千颯の髪に吹きかけながら、コームで髪を梳かす。こうして雅に髪を弄られるのは二度目だ。今回も千颯はされるがままになっていた。
ちなみにヘアカラーの色は白銀。普段の千颯だったら絶対に選ぶことはない色だ。
「よし! 髪型は完成やー」
雅は満足げに笑っていた。まだ鏡を渡されていないから、千颯本人は出来栄えを確認できない。
「わー、スプレーでもちゃんと染まるんだねー」
愛未は感心したように千颯の髪を眺めていた。
千颯が髪色を確認する前に、タトゥーシールが開封される。
「どこに貼ろっかなー。見えるところに貼らんと意味ないからなぁ」
雅は千颯の周囲をうろうろしながら貼る場所を探す。まじまじと見られるとなんだか恥ずかしくなる。雅の視線から逃れるようにさりげなく視線を逸らした。
「やっぱ手首やなぁ」
そう呟くと不意に千颯の手首を掴んで袖をまくり上げた。
「ちょっとそんな急に!」
「動かんといてなー。シールがよれる」
雅は真剣な表情で千颯の手首にシールを貼ろうとする。目の前で作業する雅を観察しながら、シールが貼り終わるのを待った。
「ほい、こっちもオッケー」
手首には鳥の形をした小ぶりなシールが張りつけられていた。不死鳥を彷彿させるような翼を広げた鳥はちょっとカッコイイ。忘れかけていた厨二心をくすぐられた。
「この
「は? 何言うとるん?」
自嘲気味にボソッと呟くと、雅から冷静に突っ込まれた。悪ふざけをしたことが途端に恥ずかしくなった。
千颯が赤面しているうちに耳元にノンホールピアスが装着された。耳たぶを挟むだけで装着できるピアスで、痛みはほとんど感じなかった。
「あとは制服をほどよく着崩せば完成やなぁ」
何食わぬ顔で千颯のシャツのボタンに手をかける雅。女の子にいきなり脱がされそうになったことで千颯は跳びはねて驚いた。
「ちょっと! なにナチュラルに脱がせようとしてんの?」
「ボタンを2つ外すだけや。変な言い方せんといてくれる?」
千颯に指摘されたことで、雅も自分がはしたない行動をしていたことに気付いたようだ。雅は赤面しながら千颯を睨みつけた。
若干気まずい空気が流れながらも、雅は手鏡を差し出した。
「完成やで」
「おおー……」
鏡に映っているのは、相当いきっているヤンキーだった。
髪は白銀に染まっており、襟足の部分だけ地毛を残している。全体を綺麗にセットされているせいか、白髪っぽくはならずにおしゃれに決まっていた。
片耳だけに装着されたピアスもいきり具合を増長している。近寄りがたいオーラを出しつつも、今風のおしゃれを取り入れていた。
「どうかな?」
変身した姿を愛未に見せる。愛未は口元を抑えながら呟いた。
「ヤンキー風の千颯くんもカッコいい……」
愛未は頬を赤く染めながら、変わり果てた千颯をポーっと見つめていた。愛未からまじまじと見つめられて千颯は狼狽える。
「カッコいいなんて、そんな……」
まさか愛未からカッコいいなんて評価が下るとは思わなかった。好きな子からカッコいいなんて言われたら舞い上がらずにはいられない。千颯は無意識にデレデレと表情を緩めていた。
すると雅はパンと手を叩く。
「ほい、イチャつくのはその辺で終わりにして、愛未ちゃんちに行こかぁ」
「べつにイチャついていたわけじゃ……」
「いいから行くでー」
*・*・*
愛未の家にやってきたのは千颯と愛未だけだった。
当然といえば当然だ。雅までいたら愛未の彼氏役を演じるという本来の趣旨からズレてしまう。
雅からは駅で解散する直前に「ほんまに喧嘩になりそうやったら、すぐに逃げるんやで」と忠告された。なんだかんだで心配してくれているらしい。
駅から15分ほど歩いて愛未の自宅までやってきた。案内されたのは、二階建てのアパートだ。
「ここだよ。うち、安い賃貸だからあんまり人呼びたくなかったんだけどね」
築年数がかなり経っているのか、外壁は所々剥げて老朽化していた。二階に登る外階段は急勾配で、うっかり足を踏み外したら大惨事になりそうだった。
愛未はこのアパートを好ましく思っていないのか、視線を泳がせながら恥ずかしそうに案内していた。
「がっかりさせたらごめんね。うち、あんまり裕福じゃないんだ」
愛未は学校では清楚キャラを演じていた。人によっては裕福な家庭で育ったお嬢様をイメージしていたかもしれない。
だからこそ、こうしてリアルな家庭環境を見せるのは抵抗があった。幻滅されたらどうしようと心の中で恐れていた。
心配する愛未だったが、当の千颯は気にしている素振りはなかった。
「懐かしいなぁ。俺んちもいまの家に引っ越してくる前はアパートに住んでたんだよね。小学生の頃は、こういう急な外階段ですっ転んでアザだらけになってたなー」
外階段の手すりを懐かしそうに触る千颯を見て、愛未は拍子抜けした。
「幻滅したりしないの?」
「幻滅? なんで?」
千颯はきょとんとしながら首を傾げた。その反応を見て、千颯が本当にネガティブな感情を抱いていないことを知った。
愛未は口元を緩めて微笑んだ。
「千颯くんには、変に取り繕う必要なんてなかったのかもしれないね」
そう呟くと。カンカンと音を立てながら外階段を登った。
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