第32話 2度目のタワマン

「……で、うちに連れてきたんか」


 Tシャツにショートパンツのラフな部屋着姿のみやびが、両手を組みながら溜息をついた。


 二人がやって来たのは、雅のタワマンだった。愛未あいみの行くあてを考えて思いついたのがここだったからだ。


「俺の家に来てもらうってのも考えたよ? だけど男の家に泊めるのもどうかと思って。その点、雅なら安心じゃん。愛未とも最近仲がいいし」

「ほんまに人任せやなぁ」


 千颯ちはやの言い分を聞いた雅は、もう一度溜息をついた。

 そのやりとりを見ていた愛未は、気まずそうに申し出る。


「ごめんね。急に泊めてほしいなんて迷惑だよね。やっぱり自分で何とかするから大丈夫だよ」


 申し訳なさそうな顔をする愛未の肩を、雅はぽんと叩いた。


「何言うとるん? うちに泊まるのは全然かまへんよ。というか、はじめからうちに相談してくれたらよかったんよぉ。ほんま水くさいわぁ」

「でも迷惑でしょ? ご両親だって急にクラスメイトを泊めるなんて許してくれないんじゃ……」

「それがなぁ。ちょうどうちの両親、京都に帰ってておらんのよ。せやから気にせず泊まってってー」


 雅は呑気に笑いながら、愛未を家に招いた。

 その様子を見た千颯は、ほっと胸を撫でおろした。とりあえず愛未の行くあてが決まって良かった。


「じゃあ、俺は帰るから」


 役目を終えて帰ろうとした時、雅に引き留められた。


「せっかくやし、千颯くんも上がっていきー」

「え?」


 予想外のお誘いに戸惑う。しかしすぐに何時ぞやの教訓を思い出した。


「いやいや、いいって。俺まで上がったら迷惑だし」

「なに遠慮しとるん? さっさと上がりやー」


 お誘いから命令に変わって千颯は戸惑う。豪華なエントランスの扉が開くと、雅は「おいでおいで」と手招きをした。戸惑いながらも千颯は、雅の後を追いかけた。


*・*・*


「お、お邪魔しますー」


 千颯は遠慮がちにマンションの一室に入る。

 予想していたことだが、相良家のお宅は立派だった。玄関からすでに洗練されている。


 靴はすべて収納されていており、足元はスッキリしている。玄関脇にある飾り棚には、梅の花が描かれた日本画がある。その隣には葉っぱの形をしたお香立てが置かれており、老舗旅館を思わせるような上品な香りが漂っていた。


 雅は「どうぞー」と言いながら、綺麗なスリッパを足もとに並べる。


 そういえば、雅を自宅に招いた時はスリッパなんて出さなかったなぁと、今更悔やんでも仕方のないことを思い出した。


 愛未も豪華なお宅に戸惑っているようで、落ち着きなく視線を泳がせていた。


「そんなかしこまらんといてなぁ。楽にしてくれていいから」

「そうはいっても、こんな立派なお家だったなんて……」


 愛未は「聞いてない」と言わんばかりに千颯に視線を送っていたが、気付かないふりをした。


「まあまあ、上がってー」

「それじゃあ、お邪魔します……」


 愛未は遠慮がちにお辞儀をしてから、靴を脱いだ。それに続くように、千颯も靴を脱いでお邪魔した。


 リビングに案内されると、さらに度胆を抜かれた。

 白を基調としたインテリアは、まるでモデルルームのように洗練されている。


 四人掛けのダイニングテーブルには、スマホなどの余計なものは置かれていない。その代わりに細長い花瓶に活けられた黄色いフリージアが飾られていた。


 開かれたカーテンからは東京の夜景が一望できる。こんな洒落た場所で暮らしているなんて信じられなかった。


 千颯と愛未が圧倒されていると、不意にソファーから声がかけられた。


「いらっしゃい。雅が友達連れて来るなんて珍しいなぁ」


 ソファーには顔立ちの整った男がいた。切れ長の涼し気な目元に雪のような白い肌。体つきはスマートで、全体的に中性的な美しさがあった。


 突然現れたイケメンに見惚れていると、雅から紹介された。


「こちらは兄の朔真さくま。両親がいない間は、こっちに来てくれとるんよ」

「妹を家に一人で置いておくのは心配やったからなぁ。僕のことは気にせんでええから」


 朔真は爽やかな笑顔を愛未に向けた。

 イケメンの正体が分かると、愛未は姿勢を正して挨拶をした。


「雅ちゃんの友達の木崎愛未といいます。急なお願いにも関わらずお邪魔させていただいてありがとうございます」

「そんなかしこまらんでもええよ。自分の家やと思って寛いでなぁ」

「はい。ありがとうございます」


 愛未は笑顔を浮かべながらお辞儀をした。愛未に続いて千颯も挨拶をする。


「藤間千颯です。雅さんとは仲良くさせてもらっています」


 千颯が挨拶すると、朔真の口元がピクリを引き攣った。そのまま千颯に視線を向けることなく、雅に声をかけた。


「雅、玄関のドアはちゃんと閉めとかなあかんよ。ハエが入ってきとる」

「え? ハエ?」


 千颯は咄嗟にあたりを見渡す。リビングにはハエなんて一匹も飛んでいない。

 千颯が首を傾げていると、雅は眉をひそめて叫んだ。


「お兄ちゃん! 千颯くんをハエ扱いせんといて!」

「ええ!? 俺、ハエ扱いされていたの!?」


 雅の言葉で、自分が雅兄からまったく歓迎されていないことを思い知った。

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