第二部

第28話 偽彼女と愛人

千颯ちはやくん、おはようさん」


 ホームの端でスマホを弄っていると、髪を綺麗にまとめた美少女が手を振りながらやって来た。

 京都から転校してきたクラスメイト、相良さがらみやびだ。


 人でごった返すホームの中でも、雅はひと際輝いていた。周囲にいる男達も雅の美しさに見惚れている。


 偽とはいえ、こんな美少女が自分の彼女だなんていまだに信じられなかった。


「おはよう、雅」


 視線を浴びながら挨拶する千颯。周囲からは「あいつが彼氏か?」と品定めをされているような気がした。


 周りの視線に一切動じない雅は、当たり前のように世間話を始めた。


「そういえば、今日から夏服移行期間やなぁ。うち、暑がりやからさっそく夏服やで」

「あ、本当だ」


 その言葉で雅の制服が夏服に変わっていることに気付いた。


 半袖のブラウスにチェックのスカートは、昨日よりも涼し気だ。半袖になったことで透けるような白い肌が際立っている。そして紺のリボンから少し視線を落とすと、豊満なバストが視界に入った。


 夏服は身体のラインがはっきりと分かるから、目のやり場に困る。慣れてしまえばどうってことないけど、耐性のない初日はどうしても意識してしまった。


 咄嗟に視線を逸らしたが、雅は構わず話を続ける。


「夏服は涼しくていいんやけど、困ったこともあるんよねぇ」

「困ったこと?」


 首を傾げると、雅は不意に千颯の顔を覗き込んだ。


「夏になると増えるものってなんやと思う?」


 焦げ茶色の大きな瞳を向けながら、なぞなぞのように問いかける雅。至近距離で上目遣いされたことで、千颯はドギマギしてしまった。


「え、なんだろ? 虫とか?」


 高鳴る鼓動を抑えながら答える千颯。すると雅は、にやっと笑いながら「ブブ―」と言った。


「近いけどハズレや。虫よりももっと厄介なものやで」

「虫よりも厄介なもの?」


 千颯が頭の中であれこれ思い浮かべていると、雅が声を潜めながら正解を明かした。


「正解は痴漢や」

「あ、あーあ……」


 半分納得しつつも、夏との関連性がいまいち掴めない。そこで雅が解説した。


「夏は薄着になるから痴漢が増えやすいんよ。ほんまにかなわんわぁ」


 雅は溜息をついてうんざりした表情を浮かべた。


 薄着になるからという解説は妙に腑に落ちた。千颯自身もつい先ほどまで、薄着になった雅の胸元に注目してしまったからだ。


「なんか、すいません」

「なんで千颯くんが謝るん?」

「全人類を代表して俺が謝っておくよ」


 全人類の咎を背負い込んだ千颯を見て、雅はケラケラと笑った。


「千颯くんは痴漢なんて絶対しいひんやん」

「まあ、そうだけど……」

「せいぜい女の子の胸元をチラ見するくらいやろ。そんで恥ずかしくなって、真っ赤になりながら視線を逸らすんやなぁ」

「なっ……」


 見事に言い当てられたことに驚く。雅の指摘は、先ほどの千颯の行動そのものだ。


「もしかして、バレてた?」


 みなまで言わずとも伝わったようで、雅はやれやれと両手を仰いだ。


「女子はそういう視線にすぐに気付くで? 千颯くんも気を付けなあかんよ?」

「本当にごめん。気を付けるよ」


 若干凹みながら謝罪をしたところで、ホームに電車が入ってきた。

 今朝も相変わらずの満員電車。ぎゅうぎゅう詰めの車内は、見ているだけでうんざりした。


 電車が停車する直前に、雅は千颯に笑いかけた。


「そういうわけやから、うちを痴漢から守ってな。偽彼氏さん」


 雅の言葉で千颯は頷く。電車の扉が開くと、雅を庇うように電車に乗った。


「守るよ。約束する」


 そうして二人は今日も満員電車で揺られていた。


*・*・*


 満員電車から抜け出して、学校までの並木道を歩く。


 千颯と雅が一緒に登校する様子は、もはや珍しいことではなくなったようで、生徒達から過度に注目されることもなくなった。


 信号待ちをしていると、後ろからローファーで走ってくる足音が聞こえる。

 振り返ると、見知った美少女が微笑んでいた。


「おはよう。千颯くん、雅ちゃん」

愛未あいみ。おはよう」


 千颯の元カノである木崎愛未が、セミロングの黒髪を耳にかけながら挨拶をした。


 走ってきたせいか、少し息が切れている。乱れた息遣いと赤く染まる頬を見て、千颯はドキッとしてしまった。


 そんな千颯の動揺を知ってか知らずか、愛未はさらに距離を縮めてきた。


「どうしたの? 千颯くん。顔が真っ赤だよ?」


 愛未は千颯の頬に触れながら瞳を覗き込んだ。その表情は、どこか小悪魔的だ。

 千颯は慌てて距離を取った。


「近い近い! 変な誤解されたらどうするの?」


 その反応を見て、愛未はクスクスと笑った。


「雅ちゃんと付き合っていながら、私ともイチャイチャしていたら、二股男のレッテルが貼られちゃうかもね」

「そうだよ!だからみんなが見てる前でそういうことするのはやめてね」


 冷静を装いながらも注意をするが、愛未はまったく別の解釈をしていた。愛未は千颯の耳元で囁く。


「じゃあこれからは、みんなの見ていない場所でイチャイチャしようね。なんてったって、私は千颯くんの愛人だから」


 その言葉で、千颯はさらに赤面する。


 そう。木崎愛未は、千颯の元カノであり、現在は愛人というポジションを確立していた。


 これにはれっきとした理由がある。


 愛未は好きな相手から好意を持たれると気持ち悪いと感じてしまう蛙化現象に悩まされていた。


 しかし、二番手というポジションであれば、蛙化現象も緩和されることに最近気付いたのだ。


 事情があるとはいえ、愛人がいるなんて事実を知ったら彼女から断罪されかねないが、その点は問題ない。


 雅はすべてを許容していた。


 愛未が蛙化現象で悩んでいることも知っているし、千颯がまだ愛未に未練があることも知っていた。だからこそ、修羅場に発展することなく奇妙な関係性が保たれている。


 実際に愛未が千颯を誘惑していても、雅は我関せずだ。


「今日もアツイなぁ」


 雅は気温に対してか、愛未に対してか分からない感想を述べていた。

 千颯は若干の気まずさを感じながら、二人の美少女を交互に見つめた。


◇◇◇


第二部がスタートしました!

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作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330659490348839

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