第25話 予想外の行動
怒りで興奮状態になる
突然距離を詰められたことで、愛未は驚いたように後退りする。しかし、すぐ後ろは壁で逃げられる場所はなかった。
雅に追い詰められた愛未は、警戒しながら雅を睨みつけた。すると雅は、愛未が想像もしていなかった行動に出る。
雅は制服のポケットから綺麗にアイロンがけされたハンカチを取り出した。そのハンカチは、愛未の目の前に差し出される。
突然の出来事で戸惑っていた愛未に、雅は眉を下げながら言葉をかけた。
「ごめんなぁ」
「は? なんなの?」
咄嗟に戸惑いの声を漏らす愛未。
目の前に佇む雅の眼差しからは、もう敵意は感じられなかった。
「木崎さんの言う通りやわ。うち、木崎さんの気持ち、全然分かってなかった」
唐突に歩み寄って来た雅に、愛未は戸惑う。ハンカチを受け取れなかった愛未に代わって、雅は頬に伝った涙を拭った。
(この女、何を考えてるの?)
雅の行動が愛未にはまったく読めなかった。
頬に触れるハンカチからは、微かにお香の香りがした。その香りに包まれると、妙に心が落ち着いた。
雅は眉を下げながら言葉を続ける。
「うちが恵まれた人間ゆうんは当たりや。うちは人にも環境にも恵まれてきた。そんなん他人から言われなくてもわかる」
動くことも喋ることも忘れた愛未は、じっと雅を見つめていた。そんな愛未に、雅は自分自身のことを語る。
「うちなぁ、京都の狭い世界で生きてきたんよ。同じような生まれや育ちの人間が集まって、凝り固まった考えの中で生きてきたんや。まさに井の中の蛙やね」
「突然なんなの?」
「まあ、ちょっと聞いたってやぁ。うちの話も」
手の内が読めない愛未だったが、とりあえずは話を聞くことにした。雅は続ける。
「昔のうちもなぁ、凝り固まった考えをしとったんよ。そのせいで、大事な人を傷つけた。それで思ったんよ。このままじゃあかんって」
具体的な話は出てこなかったが、雅の過去に暗い影があったことを暗示していた。
なぜそんな話を、わざわざ愛未にしているのかは分からなかった。
やや俯いて自嘲気味に話す雅だったが、そこまで話すとゆっくり顔を上げた。それから愛未と視線を合わせる。
「うちが東京に来たんはなぁ、狭い世界から抜け出したかったからなんやで。東京に来て、いろんな人と関わって、いろんな考え方に触れたかったんよ。そんでなぁ、本当の意味で優しい人間になりたいんや」
雅の言葉には、迷いも嘘も感じられなかった。いままでは本心の分かりにくい話し方をしていたけど、この言葉だけはすとんと胸に収まった。
だけどまだわからない。どうして愛未にこんな話をするのか。
「結局、何が言いたいの?」
そう尋ねると、雅はふわっと微笑む。不審な目をする愛未に手を伸ばし、ぽんと頭に手を置いた。
「うちはなぁ、愛未ちゃんのこともちゃんと知りたい。そんでなぁ、もし叶うんやったら愛未ちゃんとも仲良くなりたい」
「は? 仲良くって……」
意味が分からなかった。愛未を惑わすための作戦なんじゃないかとも疑った。
だけど頭に置かれた手のひらからは、攻撃的な気配は感じなかった。
愛未はふと想像した。親から頭を撫でられるのは、こんな感覚なのかもしれないと。
愛未には、母親から頭を優しく撫でられた記憶はない。だから確かなことは分からないけど、親が子を撫でる時は優しい手つきで慈愛に満ちた表情を浮かべるような気がした。いま、目の前で微笑む雅のように。
心の奥底から熱いものがこみ上げてくる。そんな感情を振り払うかのように、愛未は雅の手を払った。
「仲良くなりたいなんて、冗談でしょ? 私は
みなまで言わずとも意図は伝わったようで、雅は顎に手を添えて考える。「せやなぁ」としばらく考え込んだ後、一つの結論を告げた。
「うち、推しが被ってても気にせんタイプなんや」
「は? なにそれ……」
あまりに軽々しい言葉に、愛未は拍子抜けしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます