第24話 直接対決

 放課後、みやび愛未あいみは校舎裏で対峙していた。

 愛未は両腕を組みながら、口元に不敵な笑みを浮かべて話を切り出す。


「呼び出したのは千颯ちはやくんのことだよ。私ね、相良さんに話さないといけないことがあるの」


 ピリピリとした圧を発する愛未だったが、雅はまったく動じていなかった。


「なにー? もったいぶらずに話してー」


 緊張感の欠片もない雅の話し方に、愛未は苛立つ。その余裕を振り払うべく、愛未は言葉の刃を突きつけた。


「私ね、千颯くんの元カノなんだ。そのことは知ってた?」

「うん、知っとったよ」

「なら話は早いね。相良さんが部活の日にね、千颯くんと一緒に帰ったんだ。もう一度、ちゃんと話したくて。そしたらね、千颯くん、まだ私に未練があったみたいで、キスされそうになったの。相良さんと付き合っているのに、酷いよね。そのことを相良さんにはちゃんと伝えておきたくて」


 そんなのは愛未がでっち上げた嘘だ。だけど、世間知らずのお嬢様は簡単に騙されるだろうと踏んでいた。取り乱して、泣いて、千颯に怒りをぶつけると想像していた。


 だけど、雅の反応はまったく違った。


「そんなん嘘やわぁ。千颯くんがするはずない」


 愛未は奥歯を噛む。浮気の疑惑を突きつけても、雅はまったく動じていなかった。


「どうしてそう言い切れるの? 千颯くんだってほかの女の子に目移りしたっておかしくないでしょ?」

「千颯くんは浮気なんてせーへん。あの男はほんまに一途やから」


 雅の言葉に躊躇いは感じられなかった。その態度で、二人の間に強固な信頼関係が築かれていることに気がついた。


 雅が作戦通りの反応をしないことに、愛未は苛立ちを感じていた。

 すると今度は、雅が攻撃する。じっくりと相手をいたぶるように。


「千颯くんから聞いとるで? 木崎さんはほんまにええ彼女やったって」

「いい彼女って、そんなこと千颯くんが言うはずは……」

「謙遜せんでもええよぉ。千颯くんも言うとったで、なんで自分がこんな可愛い子と付き合えたんやろうって」


 予想外の言葉に愛未は戸惑う。


 あんな最低な振り方をしたんだから、千颯が愛未をいい彼女なんて公言するはずがない。罵られることがあっても、褒められることはないと思っていた。


 だけど、千颯の性格からすれば考えられない話ではない。雅の言葉が本当なのか嘘なのか見極められずにいた。


 雅は口角を上げたまま笑顔を浮かべる。だけどその瞳はまったく笑っていなかった。こちらを試すような視線を向けながら、雅は言葉を続ける。


「うちもなぁ、聞いてみたかったんよぉ。木崎さんが、どうして千颯くんを好きになったのか」

「そんなの、相良さんには関係ないでしょ」

「せやなぁ、うちは部外者やから、二人の関係を詮索するのは野暮かもしれんなぁ。でもなぁ、うちは千颯くんが大事やから、あんま放っておかれへんの」

「……なにがいいたいの?」

「回りくどい言い方は通じひんみたいやから、はっきり言わせてもらうわぁ」


 雅は一歩、愛未に歩み寄る。それから目を細めながら告げた。


「木崎さん、ほんまは千颯くんのこと、そんなに好きじゃなかったんと違う? しょうもないことで冷めたんよね? それってたいして好きじゃなかったってことやないの?」


 たいして好きじゃなかった。その言葉は愛未の胸に重く圧し掛かった。


 怒りで表情が険しくなる愛未を見て、雅はさらに攻撃を続ける。その姿はじわじわと相手を追い詰める蛇のようだった。


「たいして好きやない相手と付き合うってどうなん? 千颯くんに申し訳ないと思わんの? うちやったら心が痛むわぁ。千颯くんはなぁ、ほんまに優しくてええ人なんよ。そんな人が傷つくんは、うち見たないわぁ」


 愛未は雅を睨みつける。雅はおどけるどころか、そんな反応すら楽しんでいるように見えた。


「あんなぁ、木崎さん。これだけは約束してくれへん? これ以上、自分勝手な感情で千颯くんを振り回さんといてくれる?」

「……なんで、そんなこといわれないといけないの?」

「うち、一応千颯くんの彼女やから」


 ジリジリと耐えていた愛未だったが、その一言で我慢の限界を迎えた。


「……ってなこと言わないで」

「はぁ? なに? 聞こえへんなぁ」

「だから! 勝手なこと言わないで! 私のこと何も知らないくせに!」


 愛未は叫ぶ。取り繕うことを忘れて、感情を露わにした。

 その反応を見て、雅は余裕の笑みを引っ込めた。そして驚いたように目を丸くする。


 呆然とする雅を前にして、愛未は叫ぶ。


「何も知らないくせに、何も知らないくせに! 私がどれだけ千颯くんのことっ!」


 怒りの言葉が次から次へと溢れ出した。人前でここまで感情を露わにしたのは初めてだった。


 荒々しく呼吸を繰り返す愛未を見て、雅はぽつりと呟く。


「もしかして木崎さん、いまでも千颯くんのこと……」


 取り繕う余裕をなくした愛未は、ぐちゃぐちゃの感情をそのまま吐き出す。


「そうだよ! 私はいまでも千颯くんが好き! 大好き! 世界で一番好き!」

「だったら、なんで千颯くんのこと振ったん?」

「私だってわからないよ! 大好きなはずなのに、好意を持たれると気持ち悪いって思っちゃうの!」


 その言葉を聞いて、雅は何かに気付いたかのように息を飲んだ。


「ああ、蛙化現象やね。ガチな方の」


 雅はそう結論付けた。その言葉で愛未の怒りはさらに勢いを増す。


「あんたみたいな恵まれた人間には分らないでしょうね! 私みたいな底辺の人間の気持ちなんて! 人から愛されたことのない、邪魔な人間の気持ちなんて!」


 雅を睨みつける愛未の瞳からは、涙が流れていた。涙は頬を伝わって、乾いたアスファルトを濡らした。

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