第23話 気持ち悪い/愛未side②

 千颯ちはやに好かれているわけではないと気付いてからも、愛未あいみは千颯への想いを断ち切ることはできなかった。


 千颯と同じ高校に行きたいという一心で、好きでもない勉強を頑張った。

 そして努力の末、千颯と同じ高校に合格できた。


 高校に入学してからも、愛未は千颯を観察していた。高校生になった千颯は、背もぐんと伸びて、かつてのあどけなさは薄れていった。


 とはいえ、いじられキャラは健在だった。


 だけど中学時代と比べると、一線を越えるいじりは許さないような空気感を醸し出していた。


 度の過ぎたいじりに対しては、明確に拒絶の意思を示した。中学時代の出来事を教訓に、自衛ができるようになったらしい。


 高校二年になってすぐの頃、千颯に告白された。


 驚いた。自分が作り出した幻覚なんじゃないかと疑った。だけど現実だった。

 千颯に告白されて、愛未は初めて感じた。


(生まれてきて良かった)


 愛未は作り笑いじゃない、本当の笑みをこぼしながら「これからよろしくね」と伝え、お辞儀した。この先は千颯に愛される未来が待っていると、信じて疑わなかった。


 それからは、千颯の些細な言動も愛おしく思えた。


 緊張のあまり、なんでもないところで躓いているところ。

 意外に甘党なところ。

 レジで小銭を一生懸命数えているところ。

 絵文字でわざわざ赤のビックリマークを使っているところ。

 全部が全部、可愛くて仕方がなかった。


 浮かれた気分のまま、愛未はベッドに倒れ込んだ。するとスマホがヴヴッと振動して、メッセージの受信を知らせた。


 スマホを開くと、千颯からのメッセージが表示される。


『大好きだよ、愛未』


 嬉しかった。だけど同時に「あれ?」とも思った。


(千颯くんは、どうして私を好きになったの?)


 本当の愛未は、醜くて、汚くて、歪んでいる。人から愛されるような人間ではない。


(こんな私を好きだなんて、千颯くんはどこかおかしいんじゃないの?)


 ふと浮かんだ疑問は、愛未の全身を支配して、感情を惑わせた。

 寒気がして両腕を抱きかかえていると、もう一度スマホが振動した。


 スマホに移ったメッセージを見た瞬間、愛未は壊れた。


『愛してる』

 

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイキモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ、キモチワルイ――


 愛未はベッドから飛び降りて、トイレに駆け込んだ。そして胃の中のものを全部吐き出した。


 全身の震えが止まらない。冷や汗が全身の毛穴から噴き出した。自分の感情が分からなくなった。


「大好きなのに、どうして……」


 真夜中のトイレで、愛未のかすれた声が響いていた。




 翌日、千颯と顔を合わせてからも、気持ち悪さは拭えなかった。

 大好きだった笑顔も、いまでは気持ち悪く思える。千颯が微笑むだけで寒気がした。


 こんな感情を抱いてしまう自分に絶望した。


(私は人を愛することすらできないんだ)


 自分の身に起こっている現象を客観視すると、そう思わざるを得なかった。


 この現象の正体を知りたくて、スマホで『好きな人 気持ち悪い』と検索した。するとすぐに、この現象に名前が付いていることを知った。


 ――蛙化現象。


 好きな人が自分に好意を持った瞬間、気持ち悪いと感じてしまう心理学用語らしい。愛未の状況と、まったく同じだった。


 さらに調べると、蛙化現象は自己肯定感の低い人に起こりやすいという。思い当たる節があり過ぎた。


 そこまで調べてから、愛未はスマホを閉じた。


(私は千颯くんの隣にいていい存在じゃない)


 そう思った愛未は、適当な理由を付けて千颯を振った。

 傷つけたことは分かっている。だけど、本当のことを言えばもっと傷つけると思った。


 これ以上、千颯から笑顔を奪いたくなかった。


 それだけではない。愛未が人を愛せない冷酷な人間だと知られたら、千颯からも拒絶される可能性がある。本当の姿を晒して拒絶されたら、今度こそ愛未は生きていけなくなるような気がした。


(やっぱり私は、人から愛される資格なんてないんだ)


 そうやって自分を納得させた。

 ……はずだった。




 翌日、千颯は相良さがらみやびと一緒にいた。その光景を見た瞬間、心の中にどす黒い感情が芽生えた。


 相良雅は苦労なんて何一つしたことのないような、可愛らしいお嬢様。


 日々の言動を観察する限り、相当育ちが良いと見た。気になって調べてみたところ、母方の実家は京都で有名な老舗和菓子店であることが発覚した。


 愛未とは生まれも育ちも全く違う。愛未が日陰なら、相良雅は日向だった。


 そんな相良雅が、千颯の隣に立っている。二人が並んだ姿を見ていると、沸々を湧きあがるような憎しみに支配された。


 冷静に考えれば、二人はお似合いだ。日向で生まれたもの同士、上手くやれると思った。だけど愛未には、二人を祝福することはできなかった。


(自分から身を引いたはずなのにどうして?)


 愛未はまたしても、自分の感情が分からなくなった。

 

 感情の正体を知るため、千颯と一度話してみようと決意した。

 昼休みに千颯に声をかけたが、相良雅によって邪魔された。


 中庭で二人が楽しそうにお弁当を食べている姿を見ていると、すべてをぶっ壊してやりたくなった。あの呑気な笑顔が絶望に変わる瞬間を見てみたい。


 最低だって? うん、その通りだよ。

 だって私は最初から、人から愛される価値のない最低な人間なんだから。

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