第20話 興味津々な妹

 千颯ちはやみやびがソファーで横並びに座り、少し離れたダイニングテーブルで妹のなぎがニヤニヤとこちらの様子を伺ってきた。


「凪、何ニヤニヤしてんだよ?」

「いやぁ、千颯もやるなぁって思って」

「何の話?」

「だってさ、うちに女の子連れ込んでエッチなことするつもりだったんでしょ。でも、ざーんねんっ! 可愛い妹ちゃんが帰って来てましたぁ!」

「うざっ」


 千颯は悪態を吐く。


 千颯の妹はいわゆるウザキャラだ。学校ではどうか知らないが、兄に対してはウザさ100%で接してくる。ゆえにあまり雅とは会わせたくなかった。


 呆れる千颯に構うことなく、凪はぐいぐいと話に割り込んでくる。


「はいはーい! お二人はどんな関係なんですかー?」


 片手をあげて挙手をする凪。異様にテンションが高い凪に、雅も若干引いていた。

 助けを求めるような視線を向けられたので、千颯の口から説明した。


「まあ、彼女的な?」

「ひゅー!」


 冷やかしの野次が飛んでくる。千颯はイラっとしたが、雅の手前怒りを抑えた。


 彼女的なという表現はあながち間違いではない。彼女ではないけど、ただの友達ではないという微妙なニュアンスを含んだ言葉だった。


 もっとも偽彼女の件は、凪に伝えるつもりはない。その辺の事情を説明するとなれば、兄がフラれたという残念な情報まで伝えなければならないからだ。


 実の妹に兄のリアルな恋愛事情なんて知られるわけにはいかない。ここは事実をぼかして伝えるのがベストだと感じた。


 凪の勢いに押されて自己紹介するタイミングを逃した雅は、二人の様子を伺いながらおずおずと挨拶した。


「あのぉ、うち、相良雅いいます。千颯くんとは仲良うさせてもろてます」

「え? 関西弁? 京都弁?」

「京都出身です」

「京都弁かぁ! 待って、千颯の彼女って京美人なの? うそん!」

「凪、落ち着けって」


 勝手に盛り上がる凪を窘める。兄の彼女ということに加え、京都出身というオプションが付いた雅は、凪の興味を激しく惹きつけた。


「こんなポンコツな兄のどこに惹かれたんですか? 雅さんのような美人さんならもっといい男がいるでしょうに」

「そんなことあらへんよぉ。千颯くんはええ人やから」

「かぁー! 天使! マジ天使! 千颯、一生かけて大事にしろよ!」

「うるせえ」


 盛り上がる凪を軽くあしらった。

 千颯が深々と溜息をつくと、凪は「あ、そうだ!」と何かを思い出した。


「お母さん、今日も残業で遅くなるって。ご飯は自分達で作ってだって」

「ああ、分かった。てか、あの人働きすぎだろ」

「仕方ないよぉ、いまは校了前みたいだし。そういうわけだから、晩御飯よろしく!」

「俺かよ!」

「だって私、雅さんともっと話したいんだもん。ってあれ? そういえば、その服私のじゃない?」


 このタイミングになって、凪はようやく雅が自分の服を着ていることに気がついた。指摘された雅は、慌てふためく。


「ごめんなさい。勝手に借りてました」

「あー! 全然いいですよ! むしろ似合い過ぎてるからあげてもいいくらい!」

「うち、ちょっと着替えてきます」


 雅は慌てた様子で千颯の部屋に向かった。

 雅がリビングから出て行くと、凪は目細めながらニマニマする。


「雅さん、可愛いのぉ。あれは推せるのぉ」


 凪のテンションに呆れる千颯だったが、「推し」という言葉である事実を思い出した。


「そういえば、雅も虎の子ファイブが好きなんだって」

「ふぁびおんっ!」


 感極まった凪は、意味の分からない奇声を発しながらその場で跳びはねた。


*・*・*


「ねえねえ、雅さんって、誰推しなんですか?」

「うちは潤ちゃん推しやで」

「潤ちゃんんんんん! 良いですよね! ちなみに私はユッキー推しです!」

「ユッキーもカッコええよなぁ」

「もうね、顔が良すぎますっ! 来月のツアーは行きます?」

「もちろん! 地方のチケットも取れたから2回行くで」

「圧倒的経済力! バイトでもしてるんですか?」

「京都におるときは母方の実家の和菓子屋を手伝ってたんよぉ。だから軍資金は潤っとるで」

「いいなー! 私もバイトしよっ」


 初めは凪のテンションに引き気味だった雅だが、凪が推しの話を持ち出すと一気に距離が縮まった。いまでは二人で手を取り合って、キャッキャと推しの話をしている。


 千颯はそんな二人の話題について行けず、キッチンで晩御飯の支度をしていた。せっかくだったので、雅も晩御飯に誘ってみた。


「雅、よかったら晩御飯食べてく?」

「えー、そんなん、悪いわぁ」

「別に一人分増えたって大した手間じゃないから大丈夫だよ。生姜焼きでいい?」

「そんな気い使わんといてぇ」

「うちは全然かまわないよ。雅さえ迷惑じゃなければ」


 遠慮なのか拒絶なのか分からないまま、晩御飯を食べる食べないの押し問答が始まった。そんな中、凪が後押しをする。


「食べてってくださいよぉ。私、もっと雅さんとお話ししたい」

「えー、でもなぁ」

「正直、千颯の料理は切って焼くだけの代物ですが、味は悪くないと思うんで」

「おい、ディスるんだったら、お前が作れ」

「若いもんは気が短くていかんのぉ。わしゃあ、お前さんの料理が食べたいんじゃ」

「誰だよ、それ」


 馬鹿丸出しの兄妹トークをしていると、雅がくすっと笑った。


「仲ええんやなぁ」


 このやりとりでそう判断されるのは本意ではないが、実際に千颯と凪は仲が良かった。


「うちの親、共働きで家にいること少なかったからね。基本は凪と二人でいたから自然と会話も多くなったんだ」

「そうなんやぁ」

「そういえば、雅は兄弟いるの?」

「おるよー、兄が一人。京都の大学通っとるから東京には来とらんけどねぇ」

「へー、大学生なんだ。ちなみにどこ大?」

「せやから京都の大学やて」

「京都の大学って、え……まさか……」

「そのまさかや」


 京都の大学って、まさかあの国立大のことか?


 あまりのレベルの高さに、千颯はクラクラとした。どうやら雅の家庭は、千颯が想像していた以上にしているらしい。あらためて格の違いを見せつけられた。

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