第20話 興味津々な妹
「凪、何ニヤニヤしてんだよ?」
「いやぁ、千颯もやるなぁって思って」
「何の話?」
「だってさ、うちに女の子連れ込んでエッチなことするつもりだったんでしょ。でも、ざーんねんっ! 可愛い妹ちゃんが帰って来てましたぁ!」
「うざっ」
千颯は悪態を吐く。
千颯の妹はいわゆるウザキャラだ。学校ではどうか知らないが、兄に対してはウザさ100%で接してくる。ゆえにあまり雅とは会わせたくなかった。
呆れる千颯に構うことなく、凪はぐいぐいと話に割り込んでくる。
「はいはーい! お二人はどんな関係なんですかー?」
片手をあげて挙手をする凪。異様にテンションが高い凪に、雅も若干引いていた。
助けを求めるような視線を向けられたので、千颯の口から説明した。
「まあ、彼女的な?」
「ひゅー!」
冷やかしの野次が飛んでくる。千颯はイラっとしたが、雅の手前怒りを抑えた。
彼女的なという表現はあながち間違いではない。彼女ではないけど、ただの友達ではないという微妙なニュアンスを含んだ言葉だった。
もっとも偽彼女の件は、凪に伝えるつもりはない。その辺の事情を説明するとなれば、兄がフラれたという残念な情報まで伝えなければならないからだ。
実の妹に兄のリアルな恋愛事情なんて知られるわけにはいかない。ここは事実をぼかして伝えるのがベストだと感じた。
凪の勢いに押されて自己紹介するタイミングを逃した雅は、二人の様子を伺いながらおずおずと挨拶した。
「あのぉ、うち、相良雅いいます。千颯くんとは仲良うさせてもろてます」
「え? 関西弁? 京都弁?」
「京都出身です」
「京都弁かぁ! 待って、千颯の彼女って京美人なの? うそん!」
「凪、落ち着けって」
勝手に盛り上がる凪を窘める。兄の彼女ということに加え、京都出身というオプションが付いた雅は、凪の興味を激しく惹きつけた。
「こんなポンコツな兄のどこに惹かれたんですか? 雅さんのような美人さんならもっといい男がいるでしょうに」
「そんなことあらへんよぉ。千颯くんはええ人やから」
「かぁー! 天使! マジ天使! 千颯、一生かけて大事にしろよ!」
「うるせえ」
盛り上がる凪を軽くあしらった。
千颯が深々と溜息をつくと、凪は「あ、そうだ!」と何かを思い出した。
「お母さん、今日も残業で遅くなるって。ご飯は自分達で作ってだって」
「ああ、分かった。てか、あの人働きすぎだろ」
「仕方ないよぉ、いまは校了前みたいだし。そういうわけだから、晩御飯よろしく!」
「俺かよ!」
「だって私、雅さんともっと話したいんだもん。ってあれ? そういえば、その服私のじゃない?」
このタイミングになって、凪はようやく雅が自分の服を着ていることに気がついた。指摘された雅は、慌てふためく。
「ごめんなさい。勝手に借りてました」
「あー! 全然いいですよ! むしろ似合い過ぎてるからあげてもいいくらい!」
「うち、ちょっと着替えてきます」
雅は慌てた様子で千颯の部屋に向かった。
雅がリビングから出て行くと、凪は目細めながらニマニマする。
「雅さん、可愛いのぉ。あれは推せるのぉ」
凪のテンションに呆れる千颯だったが、「推し」という言葉である事実を思い出した。
「そういえば、雅も虎の子ファイブが好きなんだって」
「ふぁびおんっ!」
感極まった凪は、意味の分からない奇声を発しながらその場で跳びはねた。
*・*・*
「ねえねえ、雅さんって、誰推しなんですか?」
「うちは潤ちゃん推しやで」
「潤ちゃんんんんん! 良いですよね! ちなみに私はユッキー推しです!」
「ユッキーもカッコええよなぁ」
「もうね、顔が良すぎますっ! 来月のツアーは行きます?」
「もちろん! 地方のチケットも取れたから2回行くで」
「圧倒的経済力! バイトでもしてるんですか?」
「京都におるときは母方の実家の和菓子屋を手伝ってたんよぉ。だから軍資金は潤っとるで」
「いいなー! 私もバイトしよっ」
初めは凪のテンションに引き気味だった雅だが、凪が推しの話を持ち出すと一気に距離が縮まった。いまでは二人で手を取り合って、キャッキャと推しの話をしている。
千颯はそんな二人の話題について行けず、キッチンで晩御飯の支度をしていた。せっかくだったので、雅も晩御飯に誘ってみた。
「雅、よかったら晩御飯食べてく?」
「えー、そんなん、悪いわぁ」
「別に一人分増えたって大した手間じゃないから大丈夫だよ。生姜焼きでいい?」
「そんな気い使わんといてぇ」
「うちは全然かまわないよ。雅さえ迷惑じゃなければ」
遠慮なのか拒絶なのか分からないまま、晩御飯を食べる食べないの押し問答が始まった。そんな中、凪が後押しをする。
「食べてってくださいよぉ。私、もっと雅さんとお話ししたい」
「えー、でもなぁ」
「正直、千颯の料理は切って焼くだけの代物ですが、味は悪くないと思うんで」
「おい、ディスるんだったら、お前が作れ」
「若いもんは気が短くていかんのぉ。わしゃあ、お前さんの料理が食べたいんじゃ」
「誰だよ、それ」
馬鹿丸出しの兄妹トークをしていると、雅がくすっと笑った。
「仲ええんやなぁ」
このやりとりでそう判断されるのは本意ではないが、実際に千颯と凪は仲が良かった。
「うちの親、共働きで家にいること少なかったからね。基本は凪と二人でいたから自然と会話も多くなったんだ」
「そうなんやぁ」
「そういえば、雅は兄弟いるの?」
「おるよー、兄が一人。京都の大学通っとるから東京には来とらんけどねぇ」
「へー、大学生なんだ。ちなみにどこ大?」
「せやから京都の大学やて」
「京都の大学って、え……まさか……」
「そのまさかや」
京都の大学って、まさかあの国立大のことか?
あまりのレベルの高さに、千颯はクラクラとした。どうやら雅の家庭は、千颯が想像していた以上にちゃんとしているらしい。あらためて格の違いを見せつけられた。
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