第18話 原宿デート

 原宿~、原宿~。

 電車の扉が開くと、みやびは真っ先にホームに降り立った。


「原宿やぁー」


 水色のワンピースをまとった雅は、楽しそうに両手を上げた。その様子を見て、千颯ちはやは微笑ましく思った。


 私服に着替えた千颯達は、電車を乗り継いでお昼前には原宿に到着した。人気スポットということもあり、駅のホームは平日でも賑わっていた。


 ホームには個性的なファッションに身を包む人が大勢いたが、その中でも雅はひと際輝いている。もとの美しさもあると思うが、水色のワンピースが雅の魅力を底上げしていた。


「そのワンピース、よく似合ってるね」

「ほんまに? 嬉しいわぁ。褒めるタイミングがちょっと遅いけどなぁ」


 ほんわか笑いながら、しれっと毒を織り交ぜる雅。その指摘はごもっともだったので、千颯は何も言い返せなかった。


 ワンピースに着替えた雅を前にしたとき、あまりの美しさに千颯は言葉を失った。


 ワンピースは雅の身体にフィットしていて、胸やウエストのラインが綺麗に現れていた。ノースリーブから伸びる腕は、一切日焼けをしておらず真っ白。ワンピースとの相性を考慮したのか、紺のソックスを脱いで素足を晒していた。


 雅の姿は、涼やかで、それでいて上品で、海沿いのお屋敷に住む令嬢を彷彿とさせた。もっとも千颯自身は、そんな令嬢をお目にかかったことはないけれど。


 あまりに千颯の好みをど真ん中で付いてくる雅を見て、褒めるタイミングを逃してしまった。だからこうして、いま褒めるに至った。


 妹から拝借したサンダルを履いて、スカートをなびかせながらホームを歩く雅はやっぱり可愛い。通り過ぎる人も、チラチラと雅を気にしていた。


 放っておいたらナンパやらスカウトやらが寄って来そうだったため、千颯は慌てて雅の隣に駆け寄った。


「とりあえず、改札を出ようか」


*・*・*


 人で賑わう竹下通りを歩く。雅は服屋やアクセサリー屋が視界に入るたびに、「可愛ええなぁ」と千颯の肩を叩きながら感激の声を上げた。


「千颯くん! クレープやて!」


 通り沿いにあるクレープ屋で足を止める雅。キラキラとした眼差しはまるで子どものようだった。


「食べる?」

「食べるー!」


 意気揚々とそれぞれクレープを注文。打ち合わせをしたわけではなかったけど、どちらも抹茶チョコクレープを注文していた。


「同じの頼んだら、一口交換こができひんなぁ」

「え? 交換するつもりだったの? だったら別の頼んだ方がよかった?」

「あー、真に受けんといて、適当に言っただけやから」


 千颯はまたしても、雅の嘘とも本当とも取れる発言に惑わされていた。

 出来上がったクレープを一口食べると、雅の表情がほころぶ。


「美味しいわぁ」


 頬に手を当ててクリームの甘さを堪能する雅を見て、千颯は微笑ましく思えた。


 クレープを食べながら話しをしていると、不意に雅はフリーズし、一点を見つめた。


「待って、あれは……」


 雅は引力に引き寄せられるように、とある店の前に向かった。千颯は何事かと思いながら、その後を追う。


 雅が注目していたのは、男性アイドルのグッズショップだった。雅が注目しているのは中高生から人気を集める『虎の子ファイブ』。メンバー全員が関西出身の五人組アイドルグループだ。


 テレビや雑誌でもよく登場していることもあり、当然千颯も知っていた。

 雅は口元に手を当てながら、店先に貼られたポスターをまじまじと見る。


「待って、これは公式? 非公式?」


 その眼差しは、いつになく真剣だった。同時に興奮しているようにも見える。


「もしかして、虎の子ファイブ好きなの?」


 千颯が尋ねると、雅は我に返ったように顔を上げた。そしてヘラヘラと笑顔を浮かべる。


「いややわぁ。こういうお店、京都にはあんまりなかったから気になっただけやで」

「別に隠さなくてもいいよ。俺、オタクに偏見ないし」

「オタクやなんてそんなぁ」

「うちの妹もこのグループを推しているんだよね」

「マジで?」


 その言葉で雅の目の色が変わった。


「千颯くんの妹さんとは、今度ゆっくりお話しせなあかんなぁ」


 雅は緩みかけた頬を引き締めながら、妹との面会を希望していた。


「ちなみに、推しは誰?」

「それ聞くん?」

「いや、気になって」


 千颯が訊くと、雅は恥じらうように頬を抑えながら答えた。


「潤ちゃん」


 その姿はまさに恋する乙女。語尾にハートが付いていた気がするが、あまり触れないようにした。オタクに下手なことを言うと半殺しにされることは、妹との会話でよく分かっていた。


 ちなみに雅が推している淳ちゃんというのは、色白な塩顔イケメンのことだ。

 以前妹との会話で「この人、俺と雰囲気似てね?」と冗談交じりに言ったら、「ほざけ」と冷たくあしらわれたのを覚えている。


 結局雅はショップには入らずその場を離れた。理由を訊くと。


「非公式やったら事務所にお金入らんからねぇ。うちのお財布は推しに貢ぐためにあるんやぁ」


 と、良いんだか悪いんだかよくわからない回答をされた。

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