第14話 垢抜け作戦
雅がお会計を済ませてから、二人は駅前の公園に場所を移した。それから
「まずは髪型から変えよかぁ」
雅は楽しそうに笑いながらワックスを手に取った。
「千颯くん、髪とか全然いじらへんやん。ちょっとワックス付けたら雰囲気変わると思うで?」
「そ、そうかな?」
雅が指摘する通り、千颯はワックスとは無縁の生活をしていた。
千颯の髪質は生まれつきストレートだ。それを美容院でショートマッシュにカットしてもらい、前髪は邪魔にならない程度に下ろしている。
髪質は柔らかく、全体的にすとん、ぺたんといったシルエットだ。どこか幼さが抜け切らないのがコンプレックスだった。
「ワックスでそんな変わる?」
「変わる、変わる! うちに任せとき!」
雅は心底楽しそうに笑いながら千颯の背後にまわり、ワックスを手のひらに取った。
それから髪の毛をわしゃわしゃしたり摘まんだりを繰り返しながら、ワックスを馴染ませていく。
同時にワックスを付けるときのアドバイスもしてくれた。千颯が一人でもセットできるようにするための配慮だろう。
雅の説明はとても分かりやすく、ワックス初心者の千颯でも実践できそうな気がした。
「ほい! 髪型は完成や!」
「おー……」
ワックスを馴染ませた髪に触れてみる。いつもはすとんとした髪の毛が、やや硬さを保ちながら膨らんでいる。まだ鏡を見ていないから確かなことは分からないが、もとの髪型とは結構変わっているような気がした。
千颯の改造計画はまだ終わりではなかった。
「次は眉毛や」
雅はピンセットを持って、千颯の正面にまわった。
「眉毛って、え? 何する気?」
「うちが抜いたるわぁ」
「抜くって、ちょっと……」
「目え閉じて、動かんといてなぁ」
雅に従って目を閉じる。すると、まぶたに金属が触れるような感覚がした。
それから一気にパチンと毛を引っこ抜かれる。あまりの衝撃に千颯は跳びはねた。
「痛い、痛い、痛い!」
「ちょっと我慢してなぁ」
痛くて騒ぐ千颯を呑気に窘める雅。
こんな拷問を受けるなんて聞いてない。抗議の意味を込めて、千颯は目を開けた。
すると雅の顔が至近距離にあることに気付く。腰を屈めて、真剣な表情で千颯に向き合っている。その光景を見て、千颯は息を飲んだ。
形の整った目鼻立ちに、ベビーピンクの唇。黒だと思っていた瞳は、至近距離で見ると焦げ茶色であることに気付いた。
(やっぱり雅は可愛い)
はじめて会ったときから感じていたけど、至近距離で見ると改めて雅の可愛さを実感した。
偽とはいえ、こんなに可愛い女の子が自分の彼女なんて不釣り合いにもほどがある。周囲からのやっかみも仕方のないことなのかもしれない。
すると今度は、雅から感想が告げられる。
「千颯くんって、肌キレイやなぁ。色も白いし、肌荒れなんて全然ないやん」
「そう? そんなの初めて言われたよ」
突然の指摘に驚く千颯。すると雅は、フフっと小さく笑った。
「肌キレイな男の子は、好感度高いで」
「そーなんだ……」
唐突に褒められたことで、千颯は恥ずかしくなる。しかし雅は、千颯の感情の変化を気に留めることもなく、作業を続行した。
「はさみ使うから目え閉じといて」
千颯は言われるがままに目を閉じる。すると、今度はチョキチョキと眉毛をカットする音が聞こえた。
下手に動くと血を見るような気がしたため、千颯は大人しくじっとする。雅ははさみを動かしながら、独り言にも似た呟きをした。
「眉毛整えるのって難しいんよねぇ。うちも中学の頃はよく失敗しとったわぁ」
「雅でも失敗することあるんだ」
「あるある。みんな失敗しながら上手くなっていくんやで」
「俺、自分でできる気がしないんだけど」
「まー、最近は眉毛サロンもあるから、プロにお任せするのもありやけどなぁ」
ネイルサロンやまつげサロンは聞いたことがあるが、眉毛サロンは初めて聞いた。千颯の知らない美容知識を当たり前のように語る雅を見て、感心してしまった。
目を瞑って大人しくしていた千颯だったが、しばらくすると雅にぽんと肩を叩かれた。
「目え開けて、千颯くん」
ゆっくりと目を開けると、そこには手鏡がセットされていた。
鏡に映った千颯は、明らかに垢抜けていた。
髪型はトップにボリュームが出てふわふわとしており、眉毛は左右対称に整えられて目元がスッキリして見えた。
いままでの子どもっぽい雰囲気から、明らかに大人びた雰囲気に変わっていた。
「全然違う……垢抜けてる、かも……」
まさか髪と眉毛をいじっただけで、ここまで変わるとは思わなかった。
圧倒される千颯を見ながら、雅は得意げに笑う。
「せやろ! 男も女も髪型と眉毛が変われば抜群に垢抜けるんや」
まさかそんな裏技があったとは。雅のほんのひと手間で、千颯は雰囲気イケメンに早変わりした。
「あとは、これやな」
そう呟くと、雅はバシンと千颯の背中を叩いた。
「猫背やめや。背筋伸ばして歩きい」
その言葉で、自分が普段から猫背で歩いていることに気がついた。
「気を付けるよ」
素直に返事をすると、雅はうんうんと頷きながら満足げに微笑んだ。
それから手のひらを差し出す雅。「ん?」と千颯が首を傾げていると、雅は一言。
「はい、三千円」
「え?」
「ワックス代とか諸々の代金と、うちへの手間賃」
「あ、お金取るんだ……」
「あったりまえやろ」
「……ちゃっかりしてるなぁ」
千颯は財布を取り出し、三千円を差し出す。確かにこれだけ変えてくれたのだから、雅にお金を払うのは惜しくなかった。
*・*・*
翌朝、千颯は雅が説明してくれた内容を思い出しながら髪をセットする。雅ほど上手くはできなかったけど、雰囲気はだいぶ変わった気がした。
この姿なら雅の隣を歩いても、あからさまに非難されることはないかもしれない。
緊張した面持ちのまま、駅で雅を待つ。階段を降りてきた雅は、千颯の姿を見つけると満足げに微笑んだ。
「ええやん。男前やな」
その言葉で、千颯は自然と笑みが零れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます