第13話 周囲からのやっかみ

 体育の授業が終わり、千颯ちはやは昇降口に向かう。

 昇降口に入ろうとした時、不意に艶やかな黒髪のポニーテールが視界に入った。


 千颯の隣で、愛未あいみが微笑む。


「千颯くん、さっきの授業中にさ、私達のこと見てたでしょ?」


 体育の授業を盗み見ていたことがバレて、ドキッとする。千颯は視線を逸らしながら否定した。


「別に見てないよ」

「嘘。そんなに気になる?」

「何言って……」

「相良さんのこと」


 不意にみやびの話題があがって拍子抜けした。


「ああ、そっちか……」


 思わず本音が漏れると、愛未はくすっと小悪魔的に微笑んだ。


「そっちかってどういうこと? もしかして相良さんじゃなくて私が気になってた?」


 瞳を覗き込まれるように見つめられて、鼓動が高鳴った。


「いや……そういうわけじゃ……」


 あきらかに動揺する千颯を見て、愛未はもう一度くすっと笑った。


「ねえ聞いて、千颯くん。相良さんさ、ボール全力で投げてくるんだよ? 私、キャッチボールの経験あんまりないから、ちょっと怖かった。ほら見て、手もちょっと赤くなっちゃった」


 愛未は千颯の目の前に手のひらを差し出す。確かに愛未の手のひらは、少し赤くなっているように見えた。


 その様子を見て、少し心配になる千颯。


「痛くない?」


 咄嗟に尋ねて、愛未の手に触れようとした瞬間、背後から誰かがタックルしてきた。そのまま頭からタオルを被せられる。


「千颯くん、体育おつかれさま。汗かいとるんやないの~?」

「わっ! 雅か?」


 タオル越しに、はんなりとした京都弁が聞こえる。千颯はタオルを被せられたまま、頭をわしゃわしゃされていた。


 タオルからはほんのり柔軟剤の香りがする。被せられているのが雅のタオルだと意識すると、気恥ずかしさを感じた。


「雅! タオルはもういいから」

「遠慮せんでもええよぉ。ちゃんと汗拭かないと風邪ひくでー」

「そんなに汗かいてないから大丈夫だよ!」


 千颯はなんとか雅のタオル攻撃から逃れた。恐る恐る目の前に佇む愛未の表情を伺うと、笑顔を浮かべながらも唇の端を引き攣らせていた。


「仲いいんだねー」


 普段よりもやや低いトーンで話す愛未。意図せず見せつけるような状態になってしまい、千颯は気まずそうに視線を逸らした。


 千颯と雅の茶番を見ていたのは愛未だけではなかったようで、周囲にいた男子生徒も恨めし気に二人を眺めていた。


「くそっ! 見せつけやがって」

「調子乗ってるだろ、千颯の奴」

「どう考えても釣り合ってねえだろ」


 男子生徒からの陰口は、これまでよりも冷ややかに聞こえた。


(やばっ……これは反感買ったかも……)


 千颯は我に返ったかのように雅から距離を置いた。


 一方、周囲からの陰口を聞いた愛未は、一瞬だけ真顔に戻る。周囲を一瞥した後、わざとらしく千颯に近付いた。そしてにっこり一言。


「二人って、ちょっと雰囲気違うよね?」


 周囲からの陰口を愛未が代弁したように聞こえた。明るく、軽く、嫌味っぽくならないように。


*・*・*


 放課後、千颯は凹んでいた。一緒に下校していた雅は、千颯の変化にすぐに気がついた。


「どしたん? 暗い顔して」


 心配そうに見つめる雅に、今日感じたモヤモヤを正直に打ち明けた。


「なんかさ、周りからの風当たりが辛いなって」

「あー、今日みんなの前で見せつけてもうたからなぁ」

「うん、まあ、それ以前にもね、雅と俺とでは釣り合わないって散々言われていたし」


 自覚していたけど、周囲からあからさまに叩かれるとやっぱり凹む。この件がきっかけでクラスメイトと溝ができてしまったら元も子もない。


 高校二年の春の段階で、クラスメイトから距離を置かれるのは避けたかった。ボッチでも構わないと割り切れるほど、千颯はメンタルが強くない。


 千颯が深々と溜息をつくと、雅はある提案をする。


「そんなら、千颯くんが垢抜ければええんや」

「え?」


 予想外の提案に、千颯は戸惑いの声を上げる。一方雅は、うずうずとした表情で千颯を見つめていた。


「うちが千颯くんを垢抜けさせたる!」

「いや、無理でしょ。俺イケメンじゃないし」

「イケメンじゃなくても雰囲気イケメンは作れる! それで十分や!」


 雅の自信がどこから出てくるのか分からない。千颯は半信半疑で雅を見つめていた。


 あまり乗り気ではない千颯だったが、そんなのはお構いなしに雅は意気込む。


「善は急げや。いくで、千颯くん」

「ちょっ! 行くってどこに?」


 雅に腕を掴まれながら、千颯は連行された。

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