第12話 異質なペア

 翌朝もみやびと駅で待ち合わせをして登校した。

 教室に入ろうとしたところで、思いがけず愛未あいみと鉢合わせした。


 扉の前で向かい合う二人。千颯ちはやは咄嗟に道を譲った。


(昨日のことがあるからどう接したらいいか分からない)


 路地裏に押し込められて、至近距離で見つめられ、挙句の果てに首筋を撫でられたことを思い出し、千颯は赤面する。


 わざとらしく視線を逸らす千颯とは裏腹に、愛未は普段通りの爽やかな笑みを浮かべた。


「おはよう」


 そう挨拶をすると、愛未は何事もなかったかのように千颯の隣を通り過ぎた。

 あまりに普通な態度に、千颯は拍子抜けしてしまった。


(やっぱり気にしていたのは俺だけか……)


 自分が振り回されているのを感じて、溜息をついた。


*・*・*


 その日は四時間目が体育だった。体育の授業は男女で分かれており、男子はサッカー、女子はソフトボールをやっていた。


 男子側のグラウンドでは2チームが試合をしており、余った生徒はグラウンドの隅で待機し、次の試合を待っていた。


 待機していた一部の男子生徒は、女子の体育の様子をチラチラと盗み見ている。千颯もそのうちの一人だった。


 女子側のグラウンドでは、ペアでキャッチボールを始めようとしていた。ペアを組んだ人から、キャッキャと楽しそうにボールを投げ合う。


 ソフト部のガチ勢を除き、大抵の女子生徒はふわっとしたゆるい球を投げ合っている。その光景は、微笑ましかった。


「向こうは平和な世界」


 一人の男子生徒が呟くと、周りも頷いて同意した。千颯もそのうちの一人だ。


 そんな中、少し異質ともいえるペアが組まれた。なんと雅と愛未がキャッチボールのペアになったのだ。


「見ろよ。相良さんと木崎さんがペアになったぞ」

「美少女二人のペアなんて、ビジュ良すぎ」

「あそこは天国か?」


 男子生徒達は眩しそうに雅・愛未ペアを眺める。その一方で、千颯は口をあんぐり開けながら二人を凝視した。


(なんであの二人がペアに?)


 雅と愛未は仲が良いわけではない。いままでは接点すらなかった。それにも関わらず、わざわざペアを組んでいるなんて、何か裏があるとしか思えない。


 その裏というのは、恐らく千颯だ。


 雅か愛未のどちらかが、相手の腹の内を探るため、わざわざペアを組んだのではないかと疑っていた。


「微笑ましいな。見ているだけで癒される」


 一人の男子生徒がしみじみと感想を言う。確かに二人は、表面上はニコニコと笑っていた。


 セミロングの髪をポニーテールでまとめた愛未は、「いくよー」と明るく合図をしながらボールを投げる。


 しかしボールは雅の立つ位置とはかなりズレており、捕まえることはできなかった。


「見ろよ、木崎さん大暴投! 可愛いなぁ」


 愛未は下手くそゆえに、とんでもない方向にボールを投げた。周囲の男子はそう感じていた。


 愛未の投げた球を、雅が走って追いかける。グラウンドの端まで転がったボールを拾いに行き、戻って来る頃には息を切らしていた。


 でも笑顔。迷惑そうな表情は一切浮かべていなかった。


 次は雅が投げる番だ。雅は「いくでー」とほんわか合図をした後、ソフト部にも匹敵するような美しいフォームでボールを投げた。


 ボールはシュンと風を切り、愛未が構えていたグローブに吸い込まれるように収まった。


「おっ! 相良さん、良い投げ方するじゃん!」


 周囲の男子は雅の投球を賞賛していた。そんな男子達を横目に、千颯は苦笑いをする。


(ギスギスして見えるのは俺だけかな?)


 二人の間に因縁があるという先入観からか、千颯には二人のキャッチボールが微笑ましくは見えなかった。


 ボールを受け取った愛未は、再び投げる。またしても大暴投だった。


 グラウンドの端まで転がったボールを再び追いかける雅。息を切らしながら愛未のもとに戻って来ると、再び風を切るような剛速球で投げ返した。


 その後も、大暴投、剛速球、大暴投、剛速球を繰り返す。


 千颯の目には何らかの悪意が込められているように見えたが、二人は終始和やかに笑っていた。

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