第9話 好きになった理由
しばらくするとようやく決心がついたように、雅と向き合った。
「愛未とは同じ中学だったんだ。そこで俺は愛未に助けられた」
「助けられた?」
雅はこくりと首を傾げる。この先の事情を話すには、千颯の過去にも触れる必要があった。
「俺さ、昔からいじられキャラだったんだよ。俺をいじっとけば場が盛り上がるっていう謎のノリがあってさ、クラスの奴らからいじり倒されてたんだ」
「それは、なんとなくわかるなぁ」
クラスでの立ち位置を知っている雅は、千颯がいじられキャラであることは容易に納得した。
「軽いいじりだったら全然気にしないんだけど、中二のクラスではいじりが結構エスカレートしてさ、いじめなんじゃないかって思うくらいのレベルになったんだ。詳細はちょっと言いたくないけど」
「そうやったんやぁ」
雅はほんわかした笑顔を引っ込めて、真剣な表情を浮かべた。変に茶化したり詳細を探ってきたりしない様子から、雅の精神年齢の高さが伺えた。
あまり思い出したくない過去を語るのは憂鬱だったけど、ここまで話したならすべて伝えようと決意した。
「それでさ、中二の夏あたりでクラスの奴に『愛未って可愛いよな』ってぽろっと喋っちゃったんだよ。当時は好きとかそういうのじゃなくて、単純に顔がタイプってだけだったんだけどね。そしたら、ここぞとばかりにいじられて、最終的には告白しろって流れになったんだ」
千颯は当時の様子を思い出す。
クラスでも目立つ奴らから、ところ構わず「愛未愛未」と
そしていじられキャラが定着していたせいで、誰も助けてくれなかった。
周囲の人間は「また馬鹿やってるよ」と呆れるばかり。教師ですら同じような反応なんだから、どうしようもなかった。
「俺に対する愛未いじりが悪化してさ、クラスの一人が俺の名前を使って愛未に気持ち悪いラブレターを送ったんだ。『放課後、教室で待ってます』って会う約束まで取り付けて。そのせいで俺は、愛未に告白させられる羽目になった」
「しょうもな……」
雅の言葉からは、怒りの感情が含んでいた。それは千颯をいじっていたクラスメイトに対する怒りだ。
「俺は教室で愛未を待った。ベランダでは俺をいじっていた連中がクスクス笑いながらこっちの様子を伺っていた。約束なんてすっぽかしてくれたらよかったのに、愛未は律儀に教室にやって来たんだ」
当時の千颯はその場から逃げ出したい気分だった。告白なんて本当はしたくない。愛未のことは可愛いと思っていたけど、本気で好きだったわけではない。
そんな状態で告白するなんて、不誠実だと感じていた。こんなことをしたってクラスメイト達の娯楽として消費されるだけだ。
なにより自分のせいで愛未を巻き込んでしまったことに申しわけなさを感じていた。
当時の愛未は、大人しい女子数名とひっそり集まっているタイプだった。陽キャと対等に渡り合うような目立つタイプではない。だから、こんな茶番に付き合わされるのは本意ではなかったはずだ。
千颯は罪悪感から、愛未が来てもしばらくは話しを切り出せずにいた。
そんな千颯の様子を見かねて、ベランダで観察していた奴らがヤジを飛ばす。「男見せろよ」だとか「覚悟決めろよ」なんて身勝手な煽りをされる。
心を無にしてさっさと済ませようとした時、愛未がベランダの連中に向かって声を掛けた。
「ねえ、こういうのやめない?」
その言葉で、外からの煽りがぴたりと止まった。千颯も驚き顔を上げる。
愛未は冷めた表情を浮かべながら、ベランダにいる連中を見下ろしていた。
その姿からは、戸惑いや焦りは一切感じさせない。相手に怯んでいる気配は一切なかった。
しんとした緊張感が流れる中、愛未は言葉を続ける。
「千颯くん、ずっと嫌がってるじゃん。嫌がっている人間を寄ってたかっていじり倒すの、ガキっぽいからやめた方がいいよ」
千颯が言えなかった言葉を、愛未はいとも簡単に口にした。堂々と主張する愛未の姿は、同じ中二とは思えないほどに大人びて見えた。
それから愛未は、千颯にも一言。
「千颯くんも、好きでもない相手に告白しちゃダメだよ」
そう助言すると、愛未は颯爽と教室から去っていった。
「そんなことがあって、愛未のことをカッケーって思ってしまったわけですよ」
千颯は照れ隠しをするように、他人事のように話す。
あの瞬間、千颯は一瞬で心を打ち抜かれた。いままでは顔がタイプの女子という認識だったけど、あの出来事がきっかけで本格的に恋に落ちた。
それくらい千颯にとっては衝撃的な出来事だった。
鶴の一声ならぬ、愛未の一声があったおかげで、千颯に対するいじりは収束を見せた。
中三になってクラス替えをしたころには、受験ムードになったこともあり、過激ないじりで悩まされることもなくなった。
自分を取り巻く環境をたったの一声で変えてしまった愛未は、カッコいいと思う他なかった。
話しを聞き終えた雅は、「ほう」と感心したように腕組みをした。
「木崎さん、なかなか肝座ってるなぁ。ちょっと興味湧いて来たわぁ」
「そうでしょ! 愛未は可愛くてカッコいいんだよ!」
「見返してやろうって相手を褒めるのもおかしな話やなぁ」
雅から指摘されて、千颯は苦笑いした。それから話題は愛未本人へと移る。
「せやけど、いまの話から推測すると、木崎さん相当我が強いで? 敵に回すと厄介なタイプやと思うけど」
「そうかな?」
「絶対そうやん! なんで気付かへんの?」
ぴんと来ていないように首を傾げる千颯を見て、雅は大きく溜息をついた。
「これやから男は……」
呆れられているような気がしたけど、弁解はしなかった。
雅の意見を聞いたうえで、気がかりなことが思い浮かんだ。
「でもさ、敵に回すと厄介なら、雅にも何らかの影響があるかもしれないよ? それでもいいいの?」
「かまへんよ。木崎さんにいじめられて学校に居づらくなったら京都に帰ればええ話やし」
「え? 帰っちゃうの?」
あっさり京都に戻る選択肢を挙げる雅に、千颯は驚いていた。
「もともとお父さんの東京転勤に付いてきたのは視野を広げるためやったし、いずれは京都に帰るつもりやで?」
「そうなんだ……雅がいなくなるのは、ちょっと寂しいかも」
せっかく仲良くなれたのに、京都に帰ってしまうのは寂しく感じる。そんな感想を正直に伝えると、雅は気に留める素振りも見せずにケラケラと笑った。
「まあ、高校卒業まではこっちにいるつもりやから、それまでは仲よくしてなぁ」
その言葉で千颯はちょっと安心した。少なくとも高校卒業までは東京にいてくれる。ひとまずはそれで十分だった。
二人ともフラペチーノを飲み終えたタイミングで、千颯は席を立つ。
「そろそろ帰ろうか」
「せやねぇ」
二人は飲み終えたカップを片付けて店を出た。
駅前で別れる直前、雅は「あ、そうや」と何かを思い出し、千颯を呼び止めた。
すると雅は、こちらを小馬鹿にするような表情で言う。
「京都人から『お茶でも飲んでく?』って誘われたら、一旦は断るのが作法やで」
唐突な指摘に千颯はフリーズする。
そんな千颯を置き去りにして、雅は「ほななぁ」とひらひらと手を振りながら去っていった。
一人残された千颯は、雅の小さくなった背中を眺めながら叫んだ。
「めんどくさっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます