第7話 はい、あーん

「ほんまに流されやすい男やなぁ」


 中庭のベンチでお弁当を広げながら、みやびは呆れたように笑っていた。


「仕方ないじゃん。好きな相手からあんな風に迫られたら拒めないって」

「せやったら、止めへんほうがよかった?」


 千颯ちはやは考える。答えはすぐに見つかった。


「いや、雅が来てくれて正直ホッとした。あのまま流されても昨日みたいにフラれるオチだったかもしれないし」

「せやねえ、多分やり直しても、同じことの繰り返しになると思うで?」

「うん……だよね……」


 もしも愛未あいみと復縁したとしても、また些細なことで冷められてしまうかもしれない。好きな相手から二度も振られたら、今度こそ立ち直れなくなりそうだ。


 千颯は深々と溜息をつく。


「愛未はなんで俺に近付いてきたんだろう……」

「そんなん作戦が上手く行っとるからやろ」

「上手く行っている?」


 予想外の言葉に千颯は瞬きを繰り返す。何も気付いていない千颯に、雅は得意げに説明した。


「うちが思うに、千颯くんに声をかけたのは嫉妬やね。昨日まで自分を好いていた男が、ほかの女と仲良くしとったら、そら面白くないやろ」

「そういうものなの?」

「そうやで。たとえは悪いけど、自分のおもちゃを他人に取られた感覚。別に千颯くんのことが好きやから声かけたんとは違うと思うで?」

「そんなバッサリと……」

「元カノを吹っ切るには、現実を知るのが一番やて」


 雅の言葉は一理ある。もしかしたら愛未はまだ自分のことが……なんて幻想を抱いても、のちのち傷つくだけだ。


 それなら最初から諦めた方がダメージを最小限に抑えられる。千颯は自分を無理やり納得させた。


「まあ、堅苦しい話はこの辺で終わりにして、お昼食べよかぁ」

「うん……そうだね」


 溜息をつきながら千颯はお弁当を開いた。その隣で雅も和柄の小さなお弁当箱を開ける。その中身を見て、千颯は驚いた。


「美味しそう」


 雅のお弁当箱には、肉と野菜がバランスよく詰められた和食ベースのおかずが詰められていた。色彩も計算されていて、見ているだけで食欲をそそる。


「おおきに。うち、お料理は好きやから」

「え? これ雅が作ってるの?」

「せやでぇ、まだまだ修行中やけどなぁ。ちなみに今日のメニューは、おからハンバーグと、大根と油揚げの炊いたんと、お芋さんの甘煮」

「美人な上に料理もできるって、スペック高すぎ……」

「褒めすぎやで」


 雅は謙遜していたが、どこか嬉しそうだった。

 お弁当の出来栄えに感心していると、唐突に雅が「あ」と声を上げた。


「見とるで、元カノさん」

「え?」


 雅は視線だけで居場所を知らせる。その視線を辿ると、愛未が教室の窓からこちらを眺めていた。


 その表情はどこか冷たく感じる。愛未のこんな怖い表情を見たのは初めてだった。


「どうしよう! 何か怒ってるみたいだけど!」

「こんなん、見せつけるチャンスやろ」

「見せつける?」


 千颯が戸惑っていると、雅はにやりと何かを企むように笑った。

 それから箸で大根をつまむと、千颯に差し出してきた。


「千颯くん、あーん」

「え、ちょっと!」


 まさかのあーん攻撃に千颯はタジタジになる。雅の手料理は食べてみたいけど、箸伝いっていうのはハードルが高すぎる。


 千颯が躊躇っていると、雅は口元に手を添えながらこそっと言った。


「これも作戦の一環やで。見返すんやろ?」


 そこで雅の意図に気がついた。


 要するに愛未の前でいちゃつく様子を見せて、嫉妬させようって魂胆なのだろう。確かに効果抜群の策に思える。


 そういうことなら乗らないわけにはいかない。千颯は緊張した面持ちで、雅の差し出す大根に食らいついた。


 大根は出汁の味がよく染みていて、ほっこりする味だった。


「美味しい」


 素直に感想を伝えると、雅はにっこり笑った。


「おおきに」


 大根を味わってから教室の窓を見上げると、愛未は冷めた表情のまま中に引っ込んだ。これは、成功なのか?


「元カノさん、ばっちり見とったで」


 妙に嬉しそうな雅。その様子を見て、千颯は感じた。


「雅って、意外と性格悪いよね……」


 千颯の言葉に雅はケラケラと笑った。


「いややわぁ」


 その反応は同意とも受け取れた。変に否定しないところは潔い。

 顔を引き攣らせる千颯に、雅はこう付け加えた。


「でもな、元カノさんも相当性格悪いで?」

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