第6話 予期せぬお誘い
授業が始まってからも、
京美人に彼氏ができたというのは、ひと学年丸ごと巻き込むような大事件だった。それだけ
千颯に対する印象は、あまり好意的とはいえない。
「あんな平凡な奴がなんで相良さんと……」
「千颯のくせに生意気なっ」
「何か弱みでも握ってるんじゃない?」
「まさか惚れ薬でも盛ったとか?」
千颯の耳に届いてきたのは、そんな噂が大半だった。
千颯と相良さんではどう考えても釣り合わないというのが、大半の生徒の意見だった。
(俺と雅が釣り合わないことくらい、初めからわかってるよ)
嫉妬と嘲笑が入り交じった視線をヒシヒシと感じる。千颯は周囲からの視線を遮断するように、机に突っ伏した。
唯一の救いは、昨日まで
万が一、愛未から雅に乗り換えたと知られれば、クラスメイトからの風当たりはさらに強くなるだろう。
告白が成功した時に、浮かれてクラスメイトに自慢しなくて良かったと心の底から感じた千颯だった。
*・*・*
憂鬱な気分のまま、昼休みを迎えた。
千颯はできるかぎり気配を消しながら、そろりそろりと忍び足で教室を出ようとする。
昼休みにクラスメイトからの質問攻めに遭うのはごめんだったため、空き教室で弁当を食べようという作戦だった。
しかしその作戦は、元カノによって阻まれる。
「千颯くん、話があるの。一緒にお弁当食べない?」
愛未が小さなお弁当袋を片手に、千颯に近寄ってきた。
「え? 話? それに一緒にお弁当って……」
あまりの出来事に千颯は固まる。
(どういう風の吹き回しなんだ? 気持ち悪いと振った元カレと一緒にご飯を食べるなんてどういうことだ?)
混乱する千颯に、愛未は距離を詰める。そして耳元で小さく囁いた。
「理科室ならたぶん誰もいないよ? 二人きりで話そう」
愛未の吐息を耳元で感じてゾクッとする。同時に男を惑わすような甘ったるい香りに包まれた。
千颯はクラクラする。愛未は誘うような妖艶な笑みを浮かべていた。
その間にも、クラスメイトがひそひそと噂話をしながらこちらに注目している。噂話からは「まさか二股?」なんて言葉も飛び交っていた。
(このままだと二股男のレッテルが貼られる。ああでも、愛未は相変わらず可愛いっ!)
愛未は上目遣いで千颯を見つめる。大きな瞳はウルウルと潤んでいて、心なしか頬は上気しているように見えた。
長年片想いをしてきた女の子からそんな顔で見られたら邪見にはできない。
愛未に押されて頷きかけた時、誰かから思いっきり腕を引っ張られた。
「千颯くん、何してはるん?」
にっこり笑顔を浮かべた雅が、千颯の腕に絡みついてくる。
「雅……」
戸惑っている千颯を見越して、雅が助け舟を出してくれたようだ。
雅が絡みつく腕に、ほんの一瞬だけ柔らかい感触が伝わる。その正体を想像すると、心臓が破裂しそうになった。
一方愛未は、予期せぬ邪魔が入ったことでスンと表情を消す。
そんな愛未に、雅は余裕のある笑みを浮かべながら応戦した。
「木崎さん悪いなぁ。千颯くんはうちとご飯食べるから邪魔せんといてなぁ。せやろ? 千颯くん?」
突然話を振られて驚いたが、咄嗟に雅の調子に合わせた。
「あ、うん。そうだね」
「じゃあ行こかぁ、中庭のベンチで食べよ」
無言のまま立ち尽くす愛未を置いて、雅は千颯を連行する。雅は悪びれる様子もなく、終始楽しそうにニコニコ笑っていた。
その一部始終は、クラスメイトにもばっちり見られていた。
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