第5話 交際宣言
「やっと着いたー……」
(これって本当に役に立っているのか? むしろ迷惑になっている気がするけど……)
自分の必要性を考えた時、昨日の雅の言葉を思い出した。
「そういえば、昨日言ってたけったいな人って、今日はいなかったの?」
「今日は見かけへんかったなぁ」
「それならよかった」
当面の目的は、けったいな人から雅を守ることだ。そいつが諦める頃には、千颯もお役御免になるだろう。
偽彼女の契約期間である1ヶ月間のうちに解決すればいいと考えていた。
それから二人は、学校までの道のりを歩く。同じ制服を着た生徒からチラチラと見られている気がするのは、雅が隣にいるせいだろう。
あいつは誰だ、という批判的な視線が千颯に向けられていた。
気後れして、雅の少し後ろを歩く。歩くペースを落としたことで、数人の生徒に追い越された。
その中の一人に、ずっと恋焦がれていた黒髪セミロングの少女がいた。
「
思わず名前を呼ぶと、向こうもこちらの存在に気付いた。
「あ……千颯くん」
愛未は気まずそうに表情を引き攣らせた。
二人の間に重苦しい空気が流れる。愛未は居心地が悪そうに前髪を気にしていた。
そんな時、制服の袖を誰かに掴まれた。
「なにちんたら歩いとるん?」
雅は千颯を咎めるように、袖を掴む。その光景に一番驚いていたのは愛未だった。
「相良さん? どうして千颯くんと一緒に?」
千颯と雅のコンビなんていまだかつて存在しなかった。同じクラスではあるが、会話を交わしたことはほとんどない。そんな二人が一緒にいるのは、さぞかし不思議に映るだろう。
驚く愛未に、千颯は濁しながら返事をした。
「まあ、ちょっと、いろいろあって」
頭をポリポリ掻きながら、どうとでも捉えられる返事をする。
本来であれば、「俺達付き合い始めたんだぜ」と堂々と宣言できればよかったのだけど、まだ決心がつかずにいた。
雅は曖昧な返事でこの場を切り抜けようとする千颯に対し、冷めた視線を向ける。
一方愛未は、これ以上訊いても無駄だと判断したのか、千颯の横を通り過ぎた。
「先行くね」
千颯は遠ざかる愛未の背中をぼんやりと見つめていた。
「なんで付き合ってるって言わへんの?」
雅が非難するように訊く。その視線は千颯と同じく愛未の背中を見つめていた。
「どんな反応されるのか怖くて……」
心の内に浮かんだ感情をそのまま伝える。
情けないことは重々承知していたけど、雅の前ではいまさら強がったって仕方ないと感じていた。
「意気地のあらへん男やなぁ」
雅はやれやれと言った具合に額に手を当てていた。
*・*・*
千颯と雅は二人揃って教室に入る。するとクラス中の視線が二人に集まった。
なんだなんだ、と後退りする千颯。逃げようとする千颯の肩にクラスメイトが腕を回した。
「おい、千颯。今日相良さんと一緒に登校したらしいな? 二人が歩いているのを目撃した連中がいっぱいいて、噂になってるぞ」
「情報早くね?」
なんで登校したばかりなのに既に噂が広まっているんだ。どこかに週刊誌の回し者でもいるんじゃないか?
千颯と雅のスキャンダルはすでにクラス中に広まっているらしく、ほとんどの生徒が千颯の反応を伺っていた。
そして千颯の肩に腕を回す男子も、冷やかしているというよりは、情報を探っている様子だった。
さすがあまたのファンを獲得している京美人。影響力が半端ない。
千颯が顔を引き攣らせながら口をつぐんでいると、追及の矢は雅へ向かった。
「相良さん、千颯と登校したって本当?」
「いままで全然接点なかったじゃん! どういうこと?」
「もしかして二人って付き合ってたりするの?」
ゴシップ好きな喧しい女子達が雅の周りに集まった。
しかし当の本人はまったく動じる様子もなく、はんなりした京都弁を操りながら肯定とも否定とも取れる発言をする。
「無粋なこと聞かんといてやぁ。一緒に登校するなんて普通のことやん」
雅は人懐っこい笑顔で対応をする傍らで、千颯に視線を送る。
「どうすんの?」とでも言いたげな視線だ。
(どうするって言ったって、みんなの注目を集めている前で……)
狼狽える千颯は、咄嗟に愛未に視線を向けた。
愛未はムスッとした表情で頬杖を突きながら、こちらを静観している。千颯と目が合うと、わざとらしく視線を逸らした。
その反応を見て、千颯は本来の目的を思い出す。
(そうだ。俺は愛未を見返すために雅に協力してもらっているんだ。ここではっきり宣言しないでどうする!)
決意を固めた千颯は、クラスメイトの腕を振り払う。
そして雅の隣に移動していから、小さくて真っ白な手を取った。
ふうーと深呼吸してから、クラス中に聞こえる声量で宣言した。
「俺達、付き合い始めた」
その瞬間、「えー!」だの「嘘だろー!」だの「くたばれー!」などといった驚嘆と罵声が沸いた。
クラス中の視線を一手に集めた千颯。堂々としているように見えるが、背中には滝のように汗をかいていた。
一方雅は、「ほう」と感心したような声を漏らした。千颯の勇気を褒め称えているようだった。
成り行きとはいえ、クラス中を混沌へ誘う爆弾を投下した千颯。いよいよ後には引けない状態になっていた。
やっちまったと怯える千颯だったが、雅本人がそこまで迷惑そうにはしていなかったのが唯一の救いだった。
*・*・*
クラス中が千颯と雅に注目する中、愛未は一人教室を出た。
そのまま足早に女子トイレに向かい、個室に籠った。
人の目が無くなったところで愛未は舌打ちを打つ。
「切り替え早くない?」
昨日の今日で千颯が新しい女に乗り換えたことに苛立ちを感じていた。
「私のことが好きだったんじゃなかったの?」
愛未は一昨日の千颯を思い出す。
あの時の千颯は、愛未に夢中だった。告白を了承したら、あれだけキラキラした瞳で感激していたのに。
あの反応が演技だったとは到底思えない。それなのにどうして……。
「許せない」
人前では見せないどす黒いオーラをまとった愛未は、個室のドアを蹴り上げた。
バタンという不穏な音が響いたが、女子トイレにはほかに女子生徒はおらず、愛未の怒りに気付くものは誰もいなかった。
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