第4話 京美人と急接近

 翌朝。千颯ちはやはいつもより一本早い電車に乗って、みやびの最寄り駅で途中下車した。

 偽彼女を演じてもらう交換条件として、ボディーガードが任されたからだ。


 賑わうホームの真ん中で雅を探していると、ぽんと肩を叩かれた。


「おはようさん」


 雅はにっこり笑顔を浮かべながら、千颯の背後に立っていた。


「ああ、おはよう。小さくて気付かなかったよ」

「おちょくっとるん?」


 雅はムスッとした表情を浮かべながらも、千颯の隣に立った。


「まあでも、助かったで。千颯くんが来てくれて」

「そりゃあね、約束したから」


 千颯は一度交わした約束は守る性質だ。どんな些細な約束でもきちんと守るのが相手への誠意だと思っている。周囲にはあまり知られていないけど、意外と律儀な性格だった。


「それにしても、満員電車はかなわんなあ。せっかくセットした髪が崩れてまう」


 そう言いながら、雅はまとめた髪を気にしていた。


「前から思ってたけどさ、その髪型すごい手が込んでるよね。毎朝セットするの大変じゃないの?」

「これか? これはギブソンタックって言うんやで。慣れたら簡単にできるで」

「なに? ギブアンドタックル? ずいぶん物騒な髪型だね」

「ああ……もうええわ」


 雅は呆れたように千颯を一瞥した。


 そんなやりとりをしている間にも、ホームに電車が入ってくる。

 電車の中はぎゅうぎゅう詰めに大人達が乗っていた。


「うわー……ややなぁ……」


 まだ電車に乗ってもいない段階からげっそりする雅。どうやら本当に満員電車が嫌いなようだ。


 まあ、満員電車が好きな奴なんていないだろうけどね。もしいるとするなら、そいつは変態だ。


 電車は速度を落とし、千颯達の前で停車する。


「よし、いざ出陣」

「頼むで、千颯くん」


 電車から降りる人を待ってから、既にぎゅうぎゅう詰めの電車に乗り込む。

 どこに乗り込もうかとオロオロする雅を見て、千颯は咄嗟に雅の手を掴んだ。


「雅、こっち」


 雅を引き寄せて、扉と座席の間にできた壁に押し込む。


 壁があり手すりもあるこの場所は、電車の振動にも耐えられるベストポジションだったりする。千颯は大抵この空間を狙っていた。


 だけど今日は雅にベスポジを譲って、千颯は雅をガードするように前方に立った。これなら周囲から触れられる心配はない。


 自分の有能さを褒め称えていた千颯だったが、雅はどこか気まずそうに視線を逸らしていた。


「千颯くん、近い」


 雅は千颯との距離感に戸惑っているようだった。


 確かにいまの二人は密着こそしていないが、肌が触れ合いそうな距離感だ。普通に学校生活をしていれば、ここまで接近することはまずない。


 だけど満員電車に乗った状況では、仕方ないとしか言いようがなかった。


「混んでるんだから我慢してよ」

「せやかてなぁ、こんな距離じゃあ恥ずかしいわぁ」

「そんなこと言われたって……」

「なあ、やましいこと考えてへん?」


 雅は上目遣いで千颯を睨む。その顔は熟れたりんごのように真っ赤に染まっていた。


「そんなわけないでしょ! やめてよ、言いがかりは!」

「なら、ええけど」


 雅はぷいっと視線を逸らした。


 やましいことなんて断じて考えていない。これは本当だった。


 だけど雅から指摘されるとこっちも意識してしまう。少し身体を前に倒せば、柔らかそうな身体に密着してしまう状況は、どう考えても異常だった。


 千颯も途端に恥ずかしくなり、視線を逸らした。


 気まずさからか、二人の間にそれ以上の会話が交わされることはない。電車に揺られながら、目的地に到着するのをただひたすらに待った。

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