番外編・空想物語
第7話『死の舞踏』
とある著名な絵画家は愛人である踊り子の舞踏を肖像画として描き残した。彼の生涯を賭して描きあげた渾身の一作はまさしく彼女の生き写しであった。その絵画の踊り子は流行病で他界した今は亡き絶世の美女だった。
「おお、なんと素晴らしい絵なのだろうか! ぜひとも譲ってほしい! いくらでも好きな金額を言ってくれたまえ!」
多くの資産家達がその絵画に魅せられ譲って欲しいと訴えかけた。しかし、どれほどの大金を積まれようと彼は決して手放さなかった。絵画家は彼女を亡くしても尚、独占したい欲があったが故に、絵を誰にも譲りはしなかった。
だが、ある日のこと絵画家は夜盗の凶刃の前に絶命することになる。それは金に目が眩んだ弟子による凶行であった。弟子は資産家に大金と引き換えに絵画を渡し、遊んで暮らせるだけの金銭を手に入れた。
「これで私は不自由のない生活を送れる。貧乏とはおさらばだ」
だが、しかし問題が起きる。
「これは呪われた絵画だ! 持ち主に呪いをかけて殺す悪しき絵画だ!」
師が描きあげた舞踏の絵は、持ち主を替えてはその先々で所有者を死に至らせた。死に際の資産家達は踊り狂っていたと聞く。絵画の舞踏のように愉快な踊りを披露しながら、と。
その絵に魅せられた者達を絵画は呪い殺していったのだ。
弟子は師の怨念が絵画に込められていると恐怖した。あの踊り子を死して尚も独占したいがために、所有者達を呪い殺したのだと弟子は思った。
そして、幾重の資産家のもとを辿り、遂に絵は弟子のもとに戻って来ることになった。断っても絵は弟子のもとへと。絵の所有者となった弟子は絶望した。そして彼はこの呪われた悪しき絵画を焼き払ってしまおうと考え実行した。
夜も更けた頃、暖炉の灯火に弟子は絵画を入れた。火はたちまちに絵画を包み込んで辺りを眩く照らす。弟子は安心した。もうこれで絵画の呪いから解き放たれるのだ。莫大な金も手に入れた。何も心配することはないのだと。
しかし弟子は異変に気付いた。
絵画を焼き焦がす煙は異様な紫の色合いを見せ、微かに部屋に漂う匂いが弟子の身体を麻痺させた。それは脳髄さえも痺れさせる。弟子は紫煙を少し吸っただけで苦しみだした。あの絵画の呪いがここに来て弟子に降りかかったのだ。
「師よ! 私までも呪い殺すと言うのか!」
絵画の舞踏のように踊り狂い、そして弟子は師への怨嗟を吐きながら床へと倒れる。師の踊り子への妄執が弟子を死に至らせたのだ。絵画は消し炭となり、この世から消え去った。最後の呪いを弟子にかけ、その存在は抹消された……。
『この絵には触れてはならないよ。私はね、この絵を誰のものにもしたくはないんだ。いくら大金を積まれようと手離しはしない。彼女は私だけの存在……だから、この絵画には細工をしかけたんだ』
絵画家は生前に語っていた。
『それは何でしょう』
数少ない絵画家の友人は問う。
『この絵を描く時、絵具に強力な毒を含ませたのだよ。彼女に触れるものはその毒に触れるということだ。彼女は美しく誰にも触れざるものであるべきなのだ。もし彼女に触れる不躾な輩がいるとするなら、その毒の餌食となるだろう』
友人は息を呑んだ。
『燃やすことも赦しはしないよ。彼女は永遠であるべきなのだ。仮にそんなことをしてみろ。燃やされた絵画の煙は毒煙となり、空気を漂って街中に広がるだろう。絵画と彼女を知るものは皆いなくなる』
暖炉の煙は街に広がり、市民らを厄災のもとへと引きずり込んだ。毒煙を吸った市民らは、その苦しみに身をもがき愉快な舞踏を演じる。街中では奇怪なダンスパーティーが開かれた。そして、同時にひとつの街の人々が皆、絶命した呪われた日でもあった。
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