12話 美容家アレクシス

 この国レガルフの宰相であるサンダーズはコリンズ家に関する情報を集めた。彼の集めた情報の多くは現在のコリンズ家当主ゴードンに関するものだ。それらは古くから続く歴史ある家にそぐわぬ力量のなさを表すものばかりである。


 それを告げると玉座に座る者は鼻で笑う。


 「その男は次代への繋ぎでしかない。コリンズ家の歴史を受け継ぐ者は他にいるだろう」

 「えぇ、確か息子がいると」

 「ならば、問題はない。その息子こそが真のコリンズ家当主になるだろう。彼が13歳になればな」


 そういった男に深々とサンダーズは一礼をするのだった。



*****



 その男は虚無感を抱き、日々を過ごしている。それまで彼が努力してきた方向性とは全く異なる化粧がここ最近の流行である。高貴な女性を中心に流行りだしたその化粧品は今、世間の女性達から強い支持を得ているのだ。


 


 「私が求めていた美しさはもう古いのかしらね…」




 彼は著名な美容家であった。貴族女性にも支持をされ、彼自身も華やかな場に身を置いていた。だが、今は彼の店には閑古鳥が鳴く。今も変わらず、優れた商品が置かれているのに見向きもされない状況だ。質の良い物を置き、美を追い求めていても理解されないのでは腕の振るいようもない。

 自分の価値観、求めた美しさを周囲には認められず、支持もされない。美しさを追い求めてきた彼にとってそれは自身の今までの日々を否定された感覚であった。


 そんな憂鬱な思いを振り切るために、街へ出た彼であったがやはり浮かぶのは美しさへの想い。彼が求める美しさは自然との共生、素材を生かした美しさ、個性を生かすという事だ。

 今、流行の化粧法とは正反対のものであり、彼は深いため息を付く。そんな彼の目にふと入った少年がいる。市場のパン屋の前で佇む一人の少年、その美しさにハッと息を呑む。


 艶のある髪にきめ細やかな肌、そして桃色の瞳は輝きに満ちている。そこには彼が思い描く美しさを体現したような少年が1人、よだれを垂らしながらパンを見つめていた。


 「あらやだ、ちょっと!あたしのイマジネーションが刺激される存在がこんな近くにいるなんて…大変だわ、これは奇跡というものよ!ちょっと!!坊や!坊やってば!!」


 彼はその少年の元へと駆けだすのであった。



*****



 「美味しい!ありがとう!僕、お腹ペコペコだったんだ」

 「どういたしまして!あたしはアレクシスよ。坊やの名前、聞いてもいいかしら?」


 もぐもぐと口を動かしていた少年は買い与えたパンを飲み込むとにこりと笑う。それは愛嬌があり、親しみを感じる笑顔だ。


 「僕はオリバー!こっちのふわふわしたのはコナンだよ」


 彼に首には白い狐の襟巻がしてある。他の衣類は質こそ、そこまで悪くないが丈が合わなかったり形も古い。だがその狐の襟巻は毛並みも良く、ふんわりと高級そうである。アレクシスはその美しさに見惚れて、つい手を伸ばす。

 するとその襟巻はひゅん!と動いたではないか。


 「きゃああ!」

 「ダメだよ、コナン。アレクシスさんがびっくりしてるじゃないか」

 「きゅう!きゅうきゅう!」


 その白い狐はなんと生きていたのだ。抗議をするようにきゅうきゅうと鳴き声を上げる狐を、オリバーが窘めている。その様子はまるで友達のようにも見えた。アレクシスはオリバーに声を掛ける。


 「いいのよ。急に触ってしまったあたしが悪いのよ。ごめんなさいね、あまりにも毛並みが綺麗だから手を伸ばしてしまったわ」

 「きゅう…」


 それを聞いた白い狐は大人しくなる。その様子はまるでアレクシスの言葉を理解しているかのようだ。オリバーはコナンという白い狐を優しく撫でる。少年と白い狐、不思議な組み合わせの2人だがアレクシスはインスピレーションが湧いてくるのを感じる。この出会いを逃してはならないと、彼の感性が訴えてくるのだ。


 「ねぇ、あなた。私のインスピレーションの源になってくれないかしら!」


 突然のアレクシスの言葉に、桃色の瞳の少年は小首を傾げながらも頷いて承諾するのであった。




*****



 『なーんで引き受けてんだよ!お前は!』

 「だって、パンを買ってくれたんだよ?」

 『今後は知らない人についていくのも、物を買って貰うのもそれを食うのも禁止な!』

 「うん…ん?それって今は良いってこと?それともコナンは良いってこと?ねぇ、どっち?」


 オリバーが椅子に座る真下で、コナンは茹でた肉をもっしゃもっしゃと平らげている。これはアレックスが用意してくれたものである。オリバーには温かい紅茶とクッキーを用意してくれていた。言ったコナンは遠慮なしに食べているわけで、「今後は」ということは今回は良いのだとオリバーは解釈する。

 アレクシスが連れてきたのは華やかで美しいサロンのような場所だ。質実剛健といったかつてのコリンズ家とは異なり、貴族が好みそうな雰囲気がある。きょろきょろとオリバーが辺りを見回しているとアレクシスがやってくる。


 「あら、食べていいのよ?」

 「は、はい。ありがとうございます」


 そう言われたオリバーはカップに口をつける。そんなオリバーを見て、にこりとアレクシスは笑う。それはこの店の内装と同じように華やかな美しさがあった。


 「ふふ、急にこんなとこに連れて来られちゃ驚くわよね。ここは私が経営するサロンよ。美しさを求める人々にその人の美を高めてあげる場所なの…といっても今じゃ、だぁれも来やしないけど」

 「…どうして?」

 「ま、それは私のことはいいわ。オリバー、あなたはこの街の子じゃあないわよね。一体どうしてこの街に?」


 オリバーがこの街の生まれであれば、もっと早くアレクシスの目には留まっていたであろう。それを考えれば、彼が他の街から来た事は容易に想像がつく。だが、成人前の少年が1人で街に来た理由、そこには何か事情があるに違いないとアレクシスは考えた。


 「えっと、なんだかんだで家にいられなくなって、でいろんなことがあってこの街に来たんだ」

 『がぁーっ!色々違うんだけど、ざっくりとは合ってるんだよな。おまけに詳しい事は説明できねぇ』


 ふわっとしたオリバーの説明だが、全体的に間違ってもいない。貴族の生まれであることや家を追われた理由などを話してもそれはそれでややこしくなるだろう。だが、こんな雑な説明でアレクシスは納得してくれるものだろうかとコナンは思う。


 「…何か訳アリってところかしら?知り合いがいるとか何か伝手はあるの?」


 オリバーはその問いに首を振る。アレクシスは深いため息を付き、肩を竦める。


 「…仕方ないわね、数日ならここに住んでもいいわよ」

 「え!本当に!?」

 「サロンは私の自宅とは別だからね。…でもいい?本当は知らない人間についていっちゃいけないし、知らない人間から貰ったものを食べちゃあいけないし、知らない人間の家に泊まっちゃあいけないのよ!普通はね!」


 アレクシスは長く美しい指でオリバーの額をつんと突く。全く持って正論であり、つい先程似たようなことをコナンからも指摘されている。そんな言葉にオリバーはそれは当然だというように何度も頷く。


 「本当にわかってるのかしらね、この坊やは」

 『だよな!絶対にわかってないよな、こいつ!』


 心配そうに呟くアレクシスにコナンは同意を示す。もちろん、オリバーや念話が通ずる者以外からはきゅうきゅうとしか聞こえないのだが。

 そんな2人にオリバーはにっこりと笑う。


 「大丈夫だよ!だってアレクシスは優しい人だし!ね?」


 そう言われたアレクシスは長い睫毛で覆われた瞳を瞬かせ、くすくすと笑い出す。


 「あらあら、とんだ人たらしだわ!」


 その言葉にきょとんとした顔のオリバーに、またアレクシスは笑ってしまう。こうして人と向き合い会話し、笑う。それは彼にとって久しぶりのことであった。虚しさを振り切ることも出来ず、街を歩いたときに出会った少年オリバー、その素直な性格と言葉にアレクシスもまた飾らない自分でいられるのだった。


 コナンを抱き上げたオリバーは、アレクシスを見送る。「鍵をしっかり閉めなさい」そう言い残した彼は、本当にオリバー達をここへ泊めてくれたのだ。そんなアレクシスの背中を見ながら、オリバーがぽつりと溢す。


 「ねぇ、コナン。アレクシスさんにお礼しなくっちゃね、何がいいかな?うーん、何か美味しい物かな!」

 『そりゃ、お前の欲しいものだろ!なんかこう…美容とかそんなんにいいもんだろ、きっと』

 「そっか。アレクシスさんに何か良い物が見つかるといいね」

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