11話 2人は···


 誰かが後ろから着いて来ている事に気付いてたが、2人は気取られないように歩き続けている。首元のコナンが今後の対応についてオリバーに問いかける。


 『で、どうするよ?まだ着いてきてんぞ』

 「大丈夫!僕にいい考えがあるから!」

 『…なんか嫌な予感しかしねぇな』


 コナンの問いにオリバーが自信ありげに答える。だがその言葉はコナンを不安にする。おっとりしたオリバーがどんな事を思いついたのかをコナンが聞こうとしたその瞬間、オリバーが急に走り出す。


 『うぉい!何するつもりだ!』

 「走ってるんだよ!」

 『そりゃ、わかったんだよ!走ってどうすんだって話だよ!』


 コナンの疑問はもっともである。相手がオリバーより足が速ければすぐに掴まるだろう。そのうえ、悪意を持った強者であればどうなるものか考えるだけ恐ろしい。もう少し、相手の情報を得てから対応したかったコナンであったが、こうなっては仕方がない。


 『よし!巻くぞ!そこを曲がれ!』

 「うん!…あ」

 『あ?』


 走っていたオリバーがぴたりと止まる。そんなオリバーとコナンの背後から何者かの駆けてくる音が聞こえる。コナンはオリバーの耳元でぎゃいぎゃい騒ぎたてるが、オリバーはその向こうを不思議そうに見つめている。オリバーが足を止めた先は行き止まりなのだ。不運な事だが、これ以上先へは進めない事をコナンも悟る。


 『終わった…ん?待てよ。終わってないかもしれねぇな、こりゃ』

 「え?」


 コナンの言葉にオリバーがくるりと後ろを振り向く。そこにはぜぇぜぇと荒く息を吐くジェニファーの姿があった。令嬢らしからぬ、その姿にコナンはけらけらと笑いだす。


 『ぶははは!幽霊の正体見たり枯れ尾花ってとこだな!しかしこのお嬢ちゃん、貴族らしからぬお転婆具合だなぁ!』


 そんなコナンの声が届いたわけでもなさそうだが、ジェニファーは機嫌が悪そうである。黙ったままこちらを睨むように見ているジェニファーの様子にコナンがオリバーに呟く。


 『おい、にしてもこのお嬢ちゃん、なんで俺らに付いてきたんだ?しかも、こっちを睨んでるぜ』


 オリバー達の後ろは行き止まりだ。その先は高さは不明だが、道がない事から崖になっているかもしれない。そう考えたコナンが警戒をする。だが、そんなコナンとは対照的にオリバーはニコニコとジェニファーを嬉しそうに見つめている。


 「なんでって、ジェニファーは僕らを心配してきてくれたに決まってるよ!ねぇ、ジェニファー!」 

 『はぁ?こんなに睨んでるのにか?』

 「…」


 黙ったままのジェニファーは顔を真っ赤にして怒っているかのようだ。だが、そんなジェニファーの表情を見たオリバーはうんうんと頷き、こっそりと呟く。


 「ジェニファーは照れてるとき、顔が赤くなっちゃうんだよ。ほら、僕が彼女を優しいって言った時も友達になったって言った時も赤くなってたろ?」

 『…あぁ、確かに!赤くなるっていうより怒ったように見えちまうんだな』


 それを思えば、ジェニファーにばあやと呼ばれた女性が「お嬢様は誤解されやすいが優しい方」というのも頷けるとコナンも納得する。


 「…あなた、倒れたばかりだし…それに土地勘もないでしょ…だから、その…」


 オリバーの言葉通り、彼女は心配してついてきたらしい。そんな彼女の傍に寄ったオリバーは、その顔を覗き込みながら、そっとその手を握る。それに驚いたのはジェニファーだ。赤くなっていた顔を一層赤く染め、オリバーの瞳を見る。オリバーの桃色の瞳は光を受け、一層輝く。不思議な色だとジェニファーは思う。庶民は勿論、今まで出会った貴族にもこんな瞳はいなかった。


 「ねぇ、ジェニファー。さっき、僕が言った事を覚えている?」

 「え?」

 「きっとジェニファーのために、良い物を見付けるって」

 「あ、…ありがとう」


 そう言ったオリバーはなぜかすたすたと行き止まりであるはずの道に歩いていく。ジェニファーは驚き、一瞬固まる。だが、遠ざかっていくオリバーの背中を必死で抱き留める。


 「危ないわ!オリバー!」

 「あ。ジェニファー、ちが…」

 『ひぎゃあああああ!!』

 「きゃああああ!」

 「あー…落ちちゃうねぇぇぇ」


 行き止まりであったその先へと3人は落ちていく。


 『あれ?』

 「あら?」

 「あ、やっぱり!」


 その先は柔らかい草の上であった。見上げると、オリバー達が落ちてきたのはさほどの高さではなかったようである。一面に広がる草がクッションになったようで、誰一人ケガもしていないようだ。ほっと息を付くジェニファーに、コナンがきゃんきゃんと抗議する。念話は聞こえてはいないものの非難されているのは伝わるようで2人は険悪な雰囲気である。

 だが、その空気はオリバーの呑気な声で打ち破られる。


 「あぁー!やっぱり!これだよ!この果実がそうなんだ!」

 『あぁ、これがお前が言っていたやつか』

 「果実?この実がどうかしたの?」


 ジェニファーは辺りに生えた草の実を見つめる。今まで見た事がない形をした果実だが、これが一体何だというのだろう。そう思ったジェニファーの前でいきなりオリバーがその果実を口に入れる。


 「ちょっと!オリバー、ダメよ!そんなわけのわからないものを口にしちゃ!」


 もごもご口を動かしていたオリバーはにっこり笑ってジェニファーを見る。


 「大丈夫だよ。この果実はルルベリー、味も凄くいいんだけど栄養価が高くて美容にも効果あるんだ。きっとここの名産になるんじゃないかな」

 「この実が…?」

 「うん、見た目に抵抗があるなら加工してデザートにすればいいし、香りもいいんだよ」


 そう言って手渡された赤い果実を思い切ってジェニファーも口にする。すると、口中に甘い風味と爽やかな香りが広がった。確かにこれならば、今後この地の名産となり得るだろう。例え、茶会に間に合わずとも、この地を活性化することが出来るかもしれないとジェニファーの気持ちは高揚する。


 「でも、びっくりしたよ。ジェニファーったら急に飛びついてくるんだもの」

 「ちがっ!あれはあなたが落ちちゃうって思って!」

 「この下がどうなってるか覗き込みたかったんだよ」

 「う…それは、その…私の早とちりね」

 「でも、良かったよ!これでジェニファーにもお返しが出来るね!」


 オリバーはこの一帯が色が光って見えたのだ。だが、特別なものがあるようには見えない。であれば、下に何かがあるのだろうと足を進めたところ、この事態である。まぁ、結果的に良いだろうとオリバーは思っている。首元のコナンがブツブツと恨み言を溢しているのもジェニファーには聞こえないので、まぁ問題ないとも思う。

 そんなオリバーにジェニファーは顔を赤くし、怒ったような表情で問いかける。


 「なんで、わざわざそんな事…」

 「なんでって…君も僕を助けてくれたじゃないか」

 「そんな事…普通よ、別に…」

 

 もじもじとしながら、相変わらず顔を赤くしジェニファーは怒ったような表情である。


 「じゃあ、友達だからかな」

 「はぁ!私とオリバーが!?」

 「うん、だってジェニファー、僕の事、もう名前で呼んでくれてるし」

 「!」


 無意識で読んでいたのであろうジェニファーは目を丸くし、耳まで赤くなる。そんな姿を見ながら、オリバーはわかりにくいが優しい貴族令嬢ジェニファーに、良い事があるといいと心から願うのだった。



*****


 その日、ジェニファーは極度の緊張の中にいた。周りは同位や下位でも歴史のある家の者ばかりだ。日頃からこのような催しでは軽い皮肉を言われることも度々あった。おまけに今回はその土地の名産を持ち寄るというテーマが設けられている。小さな領地であるウォーレン家のジェニファーはいつも以上に委縮していた。


 「では、次はジェニファー様ね」

 「まぁ、楽しみだわ。ウォーレン家の領地では何か新しいものがあるのではないかしら?」

 「えぇ、新しい方ですものね」


 その言葉にくすくすと追従するような笑い声が響く。歴史の浅いジェニファーの家を嘲るのはコリンズ家のエリカ嬢とその取り巻きだ。古くから続くコリンズ家と日の浅いウォーレン家、領地の規模は異なるが隣の領であり、同年代という事でジェニファーにきつく当たるのだ。


 「…わたくしは、先日領地で見つかった新しい果実をデザートにして参りました」

 「まぁ!やっぱりつい最近のものしかないのですね…仕方ありませんわよね。歴史が浅いお家ですものね」

 「…どうぞ、お召し上がりください」


 分の悪い事に先程、エリカが出したのはコリンズ家の領地で古くから続くケーキだ。令嬢たちからの評判も良く、エリカは機嫌良く振る舞っている。

 ジェニファーが用意したのは、オリバーと共に見つけたあの果実、ルルベリーを使用したケーキである。鮮やかな果実を使い、ムースに仕立てたものだ。使用人が足りないため、コックとハンナが苦労して作り上げたもので、その味にはジェニファーも自信がある。

 令嬢たちが上品に口へと運ぶのを、ジェニファーは見つめる。


 「まぁ…」

 「これは…」


 令嬢たちは互いに顔を見合わせ、言葉を探している様子だ。ジェニファーが戸惑いながら、令嬢たちの答えを待つ。すると、一人の令嬢が良く通る声で言う。


 「新しいし、とても美味しいわ!これは何かの果実を使っているの?」

 「る、ルルベリーという我が領地で新しく見つかった果実です!栄養が高く、美容にも良いのではと注目が集まっております!」


 エリカと同位の伯爵令嬢エリザベスである。伯爵家であるエリザベスが褒めた事から、言い出しやすくなったのだろう。次々とルルベリーへの称賛が出てくる。それはジェニファーの前のエリカのケーキが霞ほどだ。


 「古い物に価値があるのはわかるけれど…新しく優れた物を作り出す、そんな努力がなければならないわね。ジェニファー様が用意なされた名産品、素晴らしい物でしたわ」

 「ありがとうございます…!」


 エリザベスの言葉に皆、温かい視線をジェニファーへと向ける。この日の主役は完全にジェニファーとルルベリーとなった。そして、ルルベリーはウォーレン家の特産品として、果実そのものも加工品も国中に広まっていく。無論、コリンズ家の領地でも見つかるのだが、あくまで名産地として名高いのはウォーレン領地産であり、価格にも大きく差がついてしまうのだった。



*****



 「るーるーる、るーる、るるべりー」

 『オイ、ご機嫌だな、オリバー』


 歌いながら歩くオリバーに不満そうなコナンがぼやく。

 オリバー達の事を案じたジェニファー達は馬車で次の街へと送ると行ったのだが、それは丁重に断った。2人はまた乗合馬車で次の街へと進むつもりである。


 「だって、友達が出来たんだもの」

 『へっ、じゃあオレは何なんだよ』


 首元のコナンは少し拗ねた様子だ。そんなコナンをオリバーは優しく撫でる。


 「んー、コナンは家族だからね」

 『…』


 コナンの白いふさふさのしっぽがゆらゆらと揺れる。

 次の街ではどんな出会いがあるだろう。オリバーは新たな出会いに胸をときめかせるのだった。


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