10話 2人は友達?

 朝、目覚めたオリバーはベッドの上でぐんと腕を伸ばす。

 昨夜、この部屋で夕食を食べた。夕食を持ってきたのは年を重ねた女性で、この家に長く仕えているとオリバーに教えてくれた。ジェニファーと近い年頃の子がこの家に訪れる事は少ないらしく、オリバーの来訪を喜んでくれた。

 厳密に言うと来訪というよりジェニファーに拾われてきたのだが、そこはオリバーも触れない。「お嬢様は誤解されやすいが優しい方」という彼女にオリバーはうんうんと頷いた。そこはオリバーも同感である。

 そんなオリバーの反応に安心したのか彼女は「お嬢様をよろしく頼む」と深々と頭を下げ、出ていった。

 オリバーもコナンも昨日はゆっくりと休ませてもらった。オリバーは枕横のコナンに声を掛ける。


 「コナン、もうそろそろ起きなよ」

 『いいかオリバー、教えてやる。生粋の貴族はな、使用人が来るまで起きねぇんだよ』

 「へぇ、じゃあ寝たふりしたほうがいいの?」

 『使用人が起こしに来るまで起きねぇのがスマートなんだよ』

 「そうなんだ」


 2人が話し合っていると少し乱暴にドアを叩く音がする。


 「ちょっと!いつまで寝てるの!起きなさいよ!」


 おそらく、この声はジェニファーだろう。貴族令嬢であるジェニファー自らが起こしに来るとは通常ではあり得ないことだ。


 「お嬢様!いけません!これはお嬢様がする仕事ではありません」

 「もう!ばあやは腰を痛めているでしょう!昨日も無理をして、私心配したのよ。部屋でじっとしていてちょうだい」

 「ですが…!」


 部屋の外ではジェニファーと昨日の女性の揉めている声がする。オリバーとコナンは顔を見合わせる。スマートではないが、ここは仕方ない。オリバーはドアの方に向かい、大きな声を掛ける。


 「僕、起きてます!」

 「朝食が準備できてるわ!下に来てちょうだい!」

 「わかった!」

 「もう、お嬢様…」


 オリバーもジェニファーもドア越しのため、そこそこ大きな声で会話する。両人とも貴族の出とは思えないざっくばらんな様子にコナンは呆れた視線を向ける。オリバーはというとベッドから飛び起き、自分でカーテンを開け始める。


 「コナン、朝ごはんだって!」


 ウキウキとした様子で服を着替えるオリバーの行動は全て庶民のそれである。流石にコナンも貴族としての振る舞いをもう少し身に付けさせるべきだったのかと思う。だが、コナンは少し悩みながらも、コリンズ家を出たのだからこれくらい平民に馴染むくらいで良いと自分を納得させるのだった。



*****



 「美味しそうだね」

 「ばあやが作ったんだもの。当たり前だわ!」

 「お嬢様!」


 テーブルに並んだ温かい朝食にオリバーは喜びの声を上げる。そんなオリバーの言葉にジェニファーは嬉しそうである。その食事は貴族のものとしてはシンプルなものだ。だが、オリバーはコリンズ家になかった温かさをその空間に感じる。


 母が体調を崩してから、オリバーは一人部屋で食事をしていた。そしてそれは母が亡くなった後、家を追い出されるまで続くことになった。コナンがいたからこそ、オリバーは孤独ではなかったがその生活は充実したものとは言い難い。

 上座に座った男性が困ったように笑いながら、ジェニファーを窘める。


 「こらこらジェニー、お客様の前でいけないよ。君はこのウォーレン家の小さなレディーなんだから。ハンナから聞いているけど、最近の君は少しお転婆が過ぎるみたいだね」


 穏やかなその声にジェニファーは少し首を竦める。壁際にいる先程の使用人の女性が頷いている様子から、彼女がハンナなのだろう。黙々と食べるオリバーに、その男性が声を掛けた。


 「オリバー君だね。私はジェニファーの父ロナルドだ」

 「オリバーです。困っているところをありがとうございました。お世話になってしまい、申し訳ないです」

 「いやいや、君がジェニファーの友達になってくれたようで私もハンナも喜んでいるよ」

 「お父様!私、その子と友達になってなんかないわ!」


 そう言ったジェニファーはぷいと顔を背けるが、その耳と頬は赤い。オリバーがちらりとロナルドを見ると彼はこちらを見て頷く。どうやら照れ隠しらしいとオリバーは察する。昨日からの振る舞いを見ても、彼女は親切で優しいわりにそれを素直には出せない性分のようだ。


 「そんな様子で、次のお茶会は大丈夫かい?同じ年頃の家の子が揃うんだろ。上手くやれそうかな」

 「…無理よ。あの子達は私なんかと仲良くする気はないもの」

 「ジェニー、何かあったのかい」

 「…何も」


 そう言ったきり、ジェニファーは今度こそ本当に顔をこちらに向けず、食事を続ける。ロナルドはオリバーを見て、軽く首を傾けた。そのあとの食卓はただただ静かに終わったのだった。



*****



 「ねぇ!待ってよジェニファー!」

 「何?それに私まだあなたに名を呼ぶことを許してないわ」

 「じゃあ、君!」

 「…ジェニファーでいいわ。それで何」


 不機嫌さを隠そうともしないジェニファーにオリバーはにこにこと問う。


 「お茶会ってどんな感じ?僕、行ったことないんだよね。楽しい?お茶菓子は美味しい?」


 オリバーは生まれて間もなくは貴族として育てられたが、母が体調を崩してからはそういった華やかな場からは縁遠い生活を送っていた。元々、コリンズ家は堅実で清廉な生活であったこともあり、他家との政治的な繋がりなどを求めなかった事も大きい。

 そのため、オリバーがイメージするお茶会は文字通りの意味しかない。だが、貴族の関係性は子どもの頃から政治的な意図や足の引っ張り合いがあるのだ。ジェニファーはふぅと息を吐く。


 「あなたもお父様もわかっていないわ。ああいった場は貴族の競い合いなのよ。うちは歴史の浅い男爵家でこの辺では1番格下なの。私はその、貴族らしい振る舞いが苦手だし…上手くやれていないのよ。それなのに、次のお茶会では地元で名産を持って集まろう、ですって。うちの領地に何もないのを知っていて言っているのよ。…まだ時間はあるけれど、どうしたらいいか」


 そう言われたオリバーは三女エリカの事を思い出す。ジェニファーの町とオリバーの街は森を挟んだ隣同士になる。であればほとんど変わらない気候や風土であるため、オリバーが見つけたあの実もこの町でも採れるはずだ。

 オリバーはジェニファーの手を取る。突然の事に目を白黒させたジェニファーだったが、顔を赤くして怒ったようにオリバーを見る。

 そんな彼女にオリバーはその桃色の目を輝かせて話しかける。



 「大丈夫!僕がきっとジェニファーのために、良い物を見付けるよ!」


 


*****



 『で、それがどの辺にあるのか、目星は付いてるのか』

 「わかんない!でも、そんなに離れてもないし似た地形だしあるよ、きっと」

 『うーん、適当なんだが、それはそれで一理あるんだよな…』


 コリンズ家が納める領地とウォーレン家が納める領地は隣り合わせにある。それを考えれば、オリバーが見つけた実がここでも自生している可能性が高い。

 コナンはその実に関しては良く知らない。だが、オリバーのその桃色の瞳で見て、確かめた物なら良い物であろうと思う。だが、それが茶会に出して良い物かは不明だ。いかに良い物であっても貴族の価値観はまた別のものである。


 『オリバー、でその実はどうなんだ?』

 「凄く美味しいよ!見た目は真っ赤で中には粒々の種が入ってたよ。そのときは野原一面に生えてたから、何かに加工もできるんじゃないかな」

 『おぉ!お前にしちゃめずらしく建設的な意見だな!』


 見た目に多少の問題があっても味がよく量もあるのなら、加工さえすれば貴族の前にも出せるだろう。地元の優れた名産に値する何かをその果実から生みだす事が出来るはずだ。オリバーの答えにコナンも満足げに尻尾を揺らす。


 『おう!一宿一飯の恩義ってやつだな!』

 「うーん、今日もお世話になるからもっと恩義が出来るんじゃない?」

 『かーっ、そういうんじゃねぇよ。比喩だよ比喩!』

 「そっか。でもジェニファーに何か良いお返しが出来るといいな」


 いつものようにのんびりとオリバーが言うため、首元のコナンがふぅとため息を付く。笑顔で周囲を見回しながら森を散策するオリバーは完全に散歩気分である。天気も良く、木々の隙間から光が差し風も心地良い。オリバーの気持ちはわからないでもないが、あまりにも警戒心がないとコナンは思う。


 『てか、お前よ。気付いてるか?』

 「ん?何が」


 おっとりとした声で尋ねるオリバーにコナンは警告するように囁く。


 『オレ達の後ろから、誰かついてきているぜ』


 鳴いていた鳥達が突然、羽ばたく。急に静けさを取り戻した森の中、オリバーとコナンは少し警戒しつつも後ろを歩く者に気付かれぬよう、今まで通りの振る舞いで足を進めるのだった。


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