第41話

 「娘がもうすぐ結婚適齢期になる」

「……はい」

レミィの相槌が微妙に遅れたのは、ギルバードの切り出した話題が予想外だったからだろう。

 ルークも、もちろん意外に感じたが、ギルバード本人は、いたって真面目な様子だった。

「一体どこに行かせるのが一番いいのか、決めきれない」

 ……ここに来て知りたいことがそれか、とレミィに言われた言葉がそのまま脳裏をかすめてから、いやいや、悩んでいる本人にとっては一大事件のはずだ、と思い直す。

「考えている候補はいらっしゃいますか」

レミィはすぐには意見を言おうとはせず、質問を重ねていくタイプらしい。確かにこういったものは未来が読めるわけではない以上、本人や関係者で答えを出していかないといけない問題だ。カウンセリングみたいだな、と少し思った。

 しかし、ギルバードが、まさかそんなことで悩んでいるとは一度も考えたことがなかった。

 ルークも昔、アンに彼氏ができたことを知った時の感情を思い出した。喜ぶべきだという思いと、手放したくないという思いの二つが葛藤を起こした。ギルバードにも同じ気持ちなのかはわからないが、似たようなものだろう。

「アルフレッド家、ブラックベリー家で迷っているが、チェスター家からも縁談の申し込みが来ている」

 話を聞くだけでもそんなに選択肢があるのかと、驚きを隠せなかった。ギルバードが子煩悩なら、半分は嬉しいと思っているのかもしれない。少し自慢めいて聞こえた。

「アルフレッドの家督とは昔からの旧友でね。しかし少々破天荒なところがあるから、娘がうまくやっていけるかどうかの心配がある。ブラックベリーは家柄もよく、成人している息子は温厚な性格だと評判も高いは高いのだが、いかんせんあまりパッとしないのだよ。

 チェスターは政治的には敵だが、縁談の反応を見るに、困ったことにどうも娘は好きらしいのだ。弱小貴族に嫁ぐのはやめて欲しいのだがね。正直これが頭を抱えている問題だ。娘に話しても納得のいかない顔をしている」

 レミィはギルバードが一通り話終わるまで傾聴した後、再び質問をした。

「一番大切にしたいことは何ですか」

何を基準に決めたら一番後悔しないか、ということだろう。質問の意図に、ルークはピンときた。

「んん」

ギルバードは咳払いをしながら悩む。

「ふむ、そうだな……一番は間違いなく、娘が幸せになることだ。だが私の経験上、うまくいく結婚の方が少ないのではないかと思うのだ。娘のマリアが気の強い相手とやっていけるようには思えんのだよ。私も妻がいるが、相変わらず何を考えているかわからない。家庭内別居の状態だからね。期待はせん方がいいと思うのだが」

 ギルバードは、答えたはずなのに、ぶつぶつと悩み続ける。理想を描こうとしてもうまくいっていない現実をまず見るあたり、かなり悲観的な思考の持ち主のようだ。しかしここまで個人的な悩みを表に晒している姿を見ると、今までで一番人間味があるように感じられた。

 話に意識が向いているたその時、不意に、

「何をしているのですか」

後ろから、特徴的な冷たい声が響いてきた。

「あっ……」

とルークは短く声を漏らす。

 しかしレミィは振り向くと、

「大切な調査があるのよね。手を煩わせちゃいけないと思って」

と堂々と答えた。ホンは眉一つ動かさず、レミィを見る。そのホンの態度に、やはり彫刻のようだとルークは思った。

 ホンは少しだけ黙っていたが、すぐに口を開いた。

「そうですか」

そうですかって、それでいいのか、と言いたくなるが、この二人の間には話を割って入ってはいけない空気感がある。それが信頼なのか、はたまた別のものなのかはわからないが。

「いやはや、双子がいるとは」

ギルバードはそう理解した。

「双子ではありません」

と言いながら、ホンはレミィの横まで歩く。どこまで事実を言うのかと、ルークは少しドキリとしたが、ホンが気になったところは、どうやら想像していたところとは随分違ったらしい。

「しかしレミィ。すでに決まっていることを、なぜ結論から言わないのですか。リラ図書館は事実を提供する場であるのが、我々の理念です。98%の未来は、アルフレッドに嫁入りすることが確定しています。なぜなら政略的に一番有利だと父のギルバードが考えるからです」

さっき娘の幸福って言っていたはずなのに、ギルバードの本音はそっちなのか。もともと大した評価なんてしていなかったが、さらに幻滅する思いがした。

 だが、ルークはふと、自分の置かれている状況に気がついた。ホンがここやって来たということは、つまるところ、今あの扉の向こうにいるのはマダラだけのはずだ。

 今ならあの扉を開けることができるのではないか?

「未来がわかると?」

「起こりうるべき未来を予測しています。人々の情報をトレースしてシミュレーションをかければ、傾向性からおおよその流れが掴めるものです。アルフレッド家の場合は……」

 長引きそうな会話をこれ幸いと、ルークは林立する本棚の間を縫ってドアの前に行った。さっきと同じ場所に、あの謎の人型が立っている。数字版に9482を打つと、音を立てずにドアが開いた。

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