第34話 限られた選択
相手は、ひょろ長だが筋肉の引き締まっている、外回り向きな体つきをしていた。反射的に警戒心を強める。
「どうしたんですか」
ルークが尋ねるが、しかし男性はすぐには答えず、マダラをじっと眺める。それから肩掛けカバンから丸めた紙を広げ、見比べ始めた。
ルークはさりげなく移動して、その紙をのぞいた。そこには目つきの悪い女性の似顔絵が載っている。マダラとは似ても似つかない。
マダラは疑われているということすら気づかずに、キョトンとしている。
「何かありました?」
「違うな。いえいえ、ちょっと探している人がいましてね」
と男性は愛想笑いを浮かべる。
「どんな人?」
マダラが訊ねると、男性は子供を相手するような、くだけた態度になった。
「黒っぽい髪で、背が小さいんだ。でもお嬢さん、似合っているけど、しばらく首にチョーカーはつけない方がいいぞ。指名手配と間違われるからな」
指名手配——その言葉に、マダラとルークが同時に反応した。その反応に男性も自分が口をすべらした気づき、
「いや、まあ、そういうことだから」
足早に立ち去ろうとする。
どうやら、女性で何か大きな事件を起こした人がいるらしい。ぼんやりとだが、全体像を掴もうとした。こうした情報は、頭に入れておいて損はない。
ルークはその後ろ姿を見送ろうとしたが、
「ちょっと」
それをマダラが呼び止めた。理由を言われないまま指名手配だと疑われたのが納得いかない様子で、
「一体何があったの」
と質問する。
このまま行かせればよかったものを。ルークはヒヤッとする。
男性は今にも去っていきそうな雰囲気を出しながら、早口でまくし立てた。
「ああ、いや、疑ってすみません。職業柄こういうことをしないといけないからね。お嬢ちゃんはこう言っちゃ悪いけど、人相描きに描かれているのとちょっと似てたから、もしかしてって思っただけなんで。はい、ま、でも違ったね。89番って聞かれても知らないって答えときなよ」
89番——ルークは何が動いているのかを、はっきりと理解した。治安センターが真犯人を捜索し始めたのだ。
しかも、人相書きまで出回っている。
なぜそんなことを?
ボレードの顔が脳裏をよぎった。いや、あの男は金にしか興味がなかったはずだ。わざわざ真犯人がいるというリークをするのは、あり得ない。
しかし、仮説の辻褄は合う。ボレードが見たのは夜だったから、はっきりとした顔立ちが見えていなくてもおかしくはない。それにルークは、ボレードに仄めかしてしまっている。ボレードが捕まえた人間とは別に、本当の犯人がいることを。
……本当にボレードがやったのかはわからない。
でも、あんな大口叩かなきゃよかった、と後悔した。
治安委員会の職員が直接動いている案件はそう多くはない。それに該当したということは……。
今、マダラが街を歩いていたら、危ない。
「89番?」
何も知らないマダラは、初めて聞く単語に、耳を傾ける。
「そうそう、ちなみにお嬢さん、どこに住んでいるのかな」
家なんてあるはずがない。
「家? 家は——」
マダラが答える前に、ルークは言い被せた。
「僕の妹です」
マダラが驚いてルークを見上げるが、ルークはそのまま態度を崩さずに、相手を見続ける。
「十一番通りの近くに住んでいます」
「ああそうなの。何度も聞いて悪いね。ありがとう、それじゃ」
と言って去っていく。男性を呼び止める声は、もうなかった。
その後ろ姿が小さくなるまで、終始二人とも無言だったが、
「ごめん」
と、ルークはささやいた。マダラはすぐに尋ねてくる。
「妹だって、嘘ついたこと?」
「いや、君を嘘つき呼ばわりしたことさ」
そう答えると、マダラはパッと表情を明るくした。
「自分が嘘つきなのは謝らないの?」
「アンにずっと言われ続けているんだ、今更謝れる言葉なんてないよ」
と苦笑する。
「行こうか」
マダラが安全な場所。いくら考えても、一番マシなのはあそこしか思い浮かばなかった。
「ギルバードのところに」
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