第32話 再会③
「え?」
「だって、その……探し物をするなら人数が多い方が、いいのかなって」
ルークの鳩が豆鉄砲を食ったような顔に、シエナはしどろもどろになりながら答える。
「ごめん、もう一回だけ言ってくれるかな?」
「あの、人数が多い方が早く見つかると思います。マダラさんの探し物」
今までの何を聞いてその発言が出たのか、全く理解できなかった。頭をフル回転させて考える。
マダラはバタフライ・ドールの作り方を探していて、さっきまでその話をしていて、だからリラ図書館に行きたいと言った。……もしかして、普通の図書館だと思っているのだろうか。それともシエナの中ではさっきの話とは別だと思ったのか。全くもってわからない。
「いいわね。確かに人手があった方が」
「そうですよね」
マダラに賛同されて、シエナは声を大きくする。
「いや、ちょっと待ってほしい」
勝手に話を進められたら困る。ルークは慌ててさえぎった。
「その図書館に入るためには、一度貴族のところに行く必要があるんだ」
そしてそこにシエナを連れて行きたくはない。何も起きないとは思うが、何かあれば危険だ。
もしかしたらバタフライ・ドールを作ったグレイの孫ということで、リラ図書館に利点があるかもしれないが、ルークはそこまでする気にはなれなかった。
「ギルバードだっけ」
マダラが口を挟む。
「よく覚えているね」
そう、一度裏切ってきたギルバードに、大切になるかもしれない人を合わせる気にはなれない、と心の中で付け足す。
シエナはようやく理解した様子で、声をあげた。
「あ、もしかしてその人がおばあちゃんとお知り合いなんですか」
だからどうしてそうなる、と思いかけたが、それは自分の言った出まかせに近い言葉をシエナが信じ込んでいるだけで、これは自分のせいだったと気づいた。
「……ああ、まあ、そうだね。でも会いに行くにはアポイントが必要なんだ。だから……、一緒に行けたらそれが一番だけど、ちょっと今回は難しいと思う」
「そうなんですか……」
シエナはしゅんと、眉を下げる。
「そうですよね、お相手は貴族なんですし」
仕方ないのかな、と呟きながら、シエナはまた無理に笑おうとする。それを見ていると、悪いことをしたような気分にさせられて心が苦しい。
ルークはその苦しさから逃れるために、わざと明るい調子で行った。
「でもほら、これが終わってひと段落ついてさ、僕が戻ってきたら、またゆっくり話そう」
ルークの言葉に、シエナの瞳が揺れ動く、やがて、
「……! はい!」
その言葉を噛み締めるように、くしゃっと顔を綻ばせて笑った。
シエナの表情を見ながら、ルークは少し後悔の念が出てきた。
これが僕の悪い癖だ、と思った、嫌われたくなくて、安心させたくて、つい言ってしまう。
それでいつも決まって後悔する。自分は何を言っているんだ、と。
マダラが興味ありげな目で二人を観察している。その視線を感じて、「何が悪い」という思いを目で返しながら、それでも、これが終わったらもっと正直に生きようと、堅く誓った。
シエナに見送られてグレイの家を出発した後、マダラは口を開いた。
「ルーク、付き合っているの?」
好奇心を宿した眼をぶつけられる。
何か聞かれると思ったが、ここまで直球だと反射的に否定しまいそうになる。
「いや、あれは、何というか、向こうの思いに僕なりに応えたいというか……」
「ふーん?」
とマダラは言いながら、それ以上は追求しなかった。事実さえわかれば、あとは淡白なのかもしれない。道案内をするために、ルークは半歩前を歩いている。だから無理にマダラの顔をうかがわなくても済む。今はその状況がありがたかった。
追求されなかったことに安堵した後、ルークは考える。
自分は、シエナをどう思っているのか。
年頃の女の子の中では、明るくてかわいい方だと思う。僕の好みとしては、もう少し清楚系の美人でもいいと思うが、ああいうのも悪くない。
……そう考えている時点で、シエナが自分を想っているようには考えられていないのだろう。
好意を持ってくれた人に関しては、僕なりにその期待に応えたいと思っている。でも、彼女が期待している僕と、実際の僕は違う。だから期待には応えきれない時もある。その時はそれまでの縁だったと思って諦めることにしている。
だからこれは僕の問題ではなくて、シエナの問題だ。すぐに結論を出すことが、いつも正しいとは限らない。少し時間が経てば、シエナの気持ちが変わるかもしれない。その時になったら、また考えればいい。
考え込んでいると、マダラが再び訊ねてきた。
「そもそも、ずっと不思議に思ってたことがあるの。初めて会った時から保護って言ってたけど、どうして貴族に保護するように頼まれたの?」
どうして、つまり何が目的で……それは正直、僕にもわからない、とルークは思った。
そしてより正確に言うならば、保護ではなくて捕獲だ。
ただ、思ったより会話が通じたから荒事に踏み込むのを避けたかっただけで。そして思ったより常識が通じなかっただけで。
「貴族の情報収集力はすごいからね。僕たちが知り得ないこともよく知っている。きっとそのつてで、君のことを知ったんだと思う」
答えになっているかどうかわからないが、情報が足りなさすぎるのだから仕方がない。
リラ図書館の話はしようか?と思った。招待されている、とでも言おうか?
いや、やめておこう。
ルークはそう決意した。
彼女が望むとも望まなくとも、行く運命には変わりないのだから。
「そんなこともあるのね」
もの珍しそうに言った後、マダラは上機嫌になって、
「リラ図書館ってどんなところ?」
と訊ねてきた。興味がコロコロと変わる。ルークは答えるのに一瞬迷ったが、正直に答えることにした。
「僕も行ったことないんだ」
「あっ、そうなの」
その反応は、明らかに意外そうだった。
「人類の叡智があるところだよ。そう簡単にはいけないさ」
そもそも都市伝説みたいな存在だってことを、忘れてもらったら困る。いや、マダラはそれ自体すら知らないか。
当の本人は、不思議そうな顔で素朴な疑問をぶつけてきた。
「どうして? それを共有したら、みんなの悩みがなくなるじゃない」
思いもしない角度からの発言に、ルークは唸った。
「うーん、確かに」
何故人々に明かされないのか。
真実や知恵という言葉は、何故ごく限られた世界に押し込まれるのを好むのだろう。全員に開かれていたらもっと世界は良くなる——でもそう考えるのは、安直なように感じた。
「……まあ、世界には善人以外もいるからな」
その叡智とやらを手に入れた時に、どう使うだろう。知識自体は価値中立的なものだが、それをどう扱うかは各人に任されている。もし他人を害する目的で扱えば、大きな被害が起きるだろう。
ルークの説明が腑に落ちなかったらしく、
「悪い人のこと?」
と、さらに質問を重ねる。
「君も命を狙われたことがあるんだろう?」
「そうだったわ。じゃあ、あなたはいい人?」
聞かれてルークは言葉が詰まった。
そんな質問、今までされたことがない。「あなたはいい人ですか?」と聞かれて、「はい」と答えればいいのか「いいえ」と答えればいいのか、正解はあるのだろうか。
けれどもマダラにとってみれば、信頼できる相手を増やしたいのかも知れない。そう思ったルークは優しい声で答えようとした。
「できるだけそうありたいとは思っているけど、無理な時もある。全員にいい顔はできないからね」
それが現実のところだ。全員にいい顔をしようと思えば、結局何もできなくなる。
何かをしようとしれば、いや、自分の人生を主体的に生きようとすれば、選択をしなくてはいけない。
「その時は?」
マダラはさらに聞いてきた。妙に掘り下げてくる。少し気になりはしたものの、顔には出さなかった。
「……全力でやるよ。後悔しないようにね」
皮肉にも、今がその時かも知れない。全ての人の前で善人でいることはできない。マダラに何があったとしても、僕のこの決断は変わらないだろう。
「後悔してしまったら?」
「墓場まで持っていくものが一個増えるだけさ」
懺悔するような柄ではない。だから黙って、持っていくとルークは決めていた。
「持っていかなくていいと思うけど」
マダラがそう言った意味が、理解できなかった。
それってどういう——口を開きかけた途端、
「ね、ルー兄」
聞くはずのない音が、耳にこだました。
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