第31話 再会②
「知りません」
シエナはすぐに答えたが、声がうわずって、狼狽しているようにも見えた。
怪しい、とルークは感じた。しかし、それと同時に、これは二人の問題だとも思って、一度この状況を観察することにした。
マダラは額面通りに受け取ったのか、疑う様子もなく、
「そう」
と、答えた。
「何か作りたいんですか?」
シエナは口ごもりながら質問する。それから、せわしない様子で木椅子を動かすと、自分も席についた。
「自分がどうやって生まれたのかって、誰だって気になるものでしょ?」
頬杖をつきながら、マダラは当然だと言いたげに、口元を三日月に釣り上げる。それから一瞬、視線を遠くに向けた。
「他にも人間になりたがっている蝶がいるの。その子達を置いて私だけ人間になれたなんて、ちょっと理不尽だなって思う。でもそれは、みんなが私みたいになれたら、全部解決する問題でしょ?」
マダラがグレイを探す理由は知っていたが、その感情の部分までは今まで聞いたことがなかった。自分のことしか考えていないわけではないらしい。
マダラの意外な一面に、ルークは内心少し驚いた。それと同時に、甘い考えだとも思った。
蝶が人間になりたがっているかどうかなんて、ルークにはわからない。
事実を判別する方法はないが、仮にマダラの言う通りだとしよう。だとしても、軽々しい浮薄な理想が語られているように感じた。努力もしないで、人と会うだけで簡単に理想が叶うなんて考えているのなら、甘いように感じる。
けれども、シエナは同じ話を聞いて、違うことを考えたらしい。「すぅー」っと息を吸うと、表情に真剣さが宿った。
「さっき、知らないって言っちゃったんですけど……」
なぜかルークをチラリと見た。それからマダラを見て、
「ごめんなさい、途中までなら知ってます」
「そうなの?」
マダラは右手から頭を浮かせて、背筋を伸ばし始める。
「なら」
「でもチョーカーを作れるのは、おばあちゃんしかいないんです。それに私も、うまく作れる自信がなくて……初めて手伝ったのがパンセなんですけど、ちょっと肩の部分がうまくいかなくって」
もしかして、それでよく外れているのか、とコメントしたくなることをシエナは言った。
「ビオラちゃんの時は、うまくできたんですけど、でもおばあちゃんがつきっきりだったので、まだコツがよくわからないんです」
シエナは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
あの二体は、シエナが作ったから懐いていたのかもしれない。
「……」
ルークは口を少し開きかけたまま、黙る。
何を言えばいいのか、わからなかった。
シエナがバタフライ・ドールを作っている。それはシエナがグレイと血縁関係があると知った時点で、薄々予想していた。
だが、それが事実だったとして、どういった感情で受け止めればいいのか。
魔物を作り出す魔女の孫は、同じように魔女なのか?
自分の知っていたシエナから離れていくのを感じる。彼女は何も変わっていないはずなのに、彼女の周りにある見えない色が変わっていく。
だが、まだ答えを出したくはなかった。ルークは知っていた。彼女は何も変わっていない。僕の見方が変わっただけだ。僕がどう思うのか、答えを今無理やり出そうとすれば、彼女が傷つくかもしれない。
「なら、やっぱりグレイに会うしかないのね」
マダラは肩を落とす。それに釣られたのか、シエナはすぐに謝った。
「ごめんなさい」
「いいえ。それがわかっただけ一歩前進よ」
と、マダラはポジティブに考えているようだった。
「でもそうね」
マダラは、何かを決意したようなまなざしをルークに向け、微笑んだ。
その瞳の中には年齢相応の厚みが宿っていないように感じた。よく言えば透明で澄んでいる、悪く言えば空っぽのガラス玉のような目をしていた。
「ずっと待ってても、いつ帰ってくるかわからないし、先にリラ図書館に行ってみたいわ」
少し身をよじる仕草は、「連れてってよ」とねだっているようにも見えた。簡単に「行ってみたい」と言って行ける場所ではないのだが、彼女にとっては、何もかも容易に見えているのかもしれない。それはきっと、まだ大したことをやってきていないからだろう。
「いいのか?」
ルークは、どうしてもマダラを良く思えない自分に、ささやかな苛立ちを感じながらも、思わず聞き返してしまった。
マダラの提案に驚いたというよりも、レミィの言葉がまだ脳裏をチラついたからだろう。「あの人形を連れてきなさい」そう語るリラ図書館は、決してバタフライ・ドールを優しく扱いはしないだろう。しかしマダラに、それを知る由はない。
「ええ、だってあなたも、そう頼まれているんでしょ?」
「それもそうだったね。……わかった。いこう」
心の中が綺麗に整理されたわけではないが、マダラが自分から申し出てくれるのは願ったり叶ったりのはずだ。気に病む必要はないのだと、気持ちを切り替えようとする。
「ルークさん」
とシエナが少し俯きがちに呼びかけた。心配されているように感じて、咄嗟に好意的に微笑みを返した。
「僕にも大切な約束がかかっているからね」
諦めたわけじゃない。リラ図書館を、今行けなければこんな機会は一生訪れないだろう。少しばかり懸念要素があるくらいで、怯んでしまいたくない。
もし行かなければ、一生後悔する。一生この晴れ切らない思いを抱えることになる。ルークにはそれがわかっていた。
しかしシエナは、もう一度ルークの名前を呼んだ。
「ルークさん、あの、私も図書館行ってもいいですか……?」
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