第24話 あの日③

 その後は、怪我とやけどのせいで、それを見たラゼルにメチャクチャ怒られた。何度も問い詰められた末に、「ギルバードの仕事を受注した、そのせいでやけどした、なお、仕事はこれが初めてじゃない」ということまで話してしまった。だが人を突き落としたことは、話していない。

 話したくないわけではない。ずっと黙っているのは良くないと思っている。だが、どう話せばいいのか、どうすれば受け入れられるのか考えている間に、時間だけが過ぎ去っていった。怒っているのは、まだ変わる余地があると期待してくれているからだ。

 もしラゼルが想像した以上のことが起きていると知った時に、それが取り返しのつかないことだと知った時に、それでも彼は友情を続けてくれるだろうか? まだ大丈夫だと思えるほどには信じきれない。

 しばらく経ってギルバードから、口止め料か医療費か、かなりの金額が送られてきたことが意外だった。このまま抹殺に来るのかとも思ったのだが。貴族の考えることはわからない。

 ギルバードはあの事件のおかげで、ルークを誤解したようだ。それで今回、また仕事の手紙が来た。あれだけ言ったのに依頼をしてきたことにまず苛立ったのだが、最終的に行ってしまった。

 それは気になることが書いてあったからでもある。アンを馬車で轢き殺した犯人を知っている、と。それは一年前の火事で亡くなったマシュー子爵だという。もしルークにその気があれば、詳しい話をしようと手紙には書いてあった。

 実際に会ってから、マシュー子爵の話を少し聞いたが、もう既に亡くなっている人間に対して、根掘り葉掘り聞いたり恨んだりするのは何かが違うように感じた。それをしたところで、アンが戻ってこないという事実は変わらないのだ。

 でも、リラ図書館に行けば、アンを取り戻せるかもしれない。あのくらいのことがあったのだから、自分には要求する権利があると、ルークは思っている。

 話を戻そう。

 あの火事は計画犯罪だった。ギルバード侯爵が与する一派が、自分たちの政治勢力を増やそうと、わざと事件を作った。敵勢力の屋敷に一派が集まったところで乱闘と火付けを雇われ人に起こさせる。そして雇われ人ごと証拠隠滅し、最終的にその事件を「敵勢力側の陰謀だ」と罪をなすりつければよかった。

 だが目的の半分は成功し、半分は失敗に終わった。ルーク一人が生き残った。

 それが事件の顛末だ。

「とある筋の頼みでね。屋敷に行ったんだけど、大火事と乱闘で悲惨な目に遭った。その時に一人……。……生き残ったのは運が良かっただけだよ」

思い出すだけで気が遠くなりそうになる。自分の心の一部は、まだあそこにいるのかもしれない。

「僕は別に強くない。ただ、自分の弱さを心底知っているだけだ」

「そんなことで、よく生きられたな」

ボレードは事件の詳細を知らない。だから、ただ弱音を吐いているように見えたのかもしれない。

 だが伝える義理もない。時効にするには、まだ程遠い。

「ほんと。運のせいだよ。死んだら罪悪感が消えるかと思う時もあるけど、痛いのも恐い。結局どっちつかずだ」

と苦笑いしてみせる。自白して処刑されるなり牢屋にぶち込まれるなりされればよかったか? あの自己中貴族のために? そんな選択をしてやるのは、考えるだけでも神経に触ってできなかった。

 だから生きなくてはいけない。自分が死んだら悲しむ人が一人、二人くらいはいる。生きる理由はそれで十分だ。

 しかしボレードは、吐き捨てるように言葉を返した。

「馬鹿馬鹿しい。お前には手足と頭がついてるじゃないか。くどくど悩んで死んでもないのに死人みたいな生き方をするのは、やってられねえな」

「……君ならそう言うと思ったよ」

嫌いな奴の思考の方が読みやすいのは、人生の皮肉だろうか。罪悪感を感じたとしてもバッサリと割り切ってしまえるから、そんな発言ができるのだろう。

 馬鹿馬鹿しいことだと割り切れないのかだって?それができないから今、僕という存在がいるんだ、とルークは思った。

 自分の心も他人の心も切り捨てられるボレードに、この気持ちが一生わからないだろう。いや、わかったと思われたくないというのが本音かもしれない。もし彼が理解できるのだとしたら、理解される自分は彼よりもレベルが低いということになりかねないからだ。

「それと、八十九番事件だけど」

ルークは話題を変えた。自分の過去の話をしたところで、あまり慰めにもならない。それよりは、他の話——例えば、不確定だからこそ不安と希望を与えてくれる未来を語る方がいい。

「どうせ犯人が認めたのは、一部の犯行のみ、と言ったところだろう?」

マダラが捕まっていないにも関わらず、犯人は捕まったと言っている。もしそれが嘘ではなく本当の話だとすれば、複数の事件が一つにまとめられる過程で、異なる犯人の事件が混じったのだろう。

 きっとマダラは、今もどこかにいる。

 単なる殺人事件にはそれほど興味はない。だけど——とルークは考える。

 普通知り得ない情報をルークが推察したことに、ボレードはいぶかしんでいるようだった。

「ほう、なんで知っていやがる」

ルークは相手の心底を見抜くような、偽りのない軽蔑した眼をぶつけた。

「金貨は君が取ればいい。僕が求めているのは……真実だ」

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