第14話 再び、センターへ。

 「赤いチョーカーをつけた女性が来ませんでしたか」

背はこのくらいで、髪の毛を左に留めている、と説明を加えたルークの問いに、受付の男性は機械的な返答をした。

「チョーカーですか、おそらく見ていませんね」

「もう一つ、探している人がいて、グレイという女性なのですが……」

ルークは再びセンターに訪れていた。清潔だがどこか使い古されていて、よそよそしい雰囲気を与えるのに成功している。センターの室内に長時間、もっと欲を言えば極力滞在したくはないのだが、結果として来る羽目になってしまったのは、間違いなく、あのバタフライ・ドールとかいう得体の知れない生き物のせいだ。

 受付の男性はカウンターの奥で、相変わらずこれといった感情を見せずに返答した。

「グレイさんと言っても、この街に何千人といらっしゃいます。どういった特徴がある方でしょうか」

やはりそうなるよな……という感想をルークは抱く。外見の特徴がわからなければ、どうしようもない。

「……いえ、やっぱり結構です。最後に一つ、89番の事件について最近進捗はありませんでしたか」

「あ、この前の方ですか」

毎日何百人と応対しているだろうに、覚えていたらしい。男性はわずかに親しげな雰囲気を見せた。

「あの事件は進展がありましたよ。容疑者が捕まりまして、今、取り調べ中です」

ルークは唾を飲み込む。

 マダラと関係はあるのだろうか? もしあるとしたら、厄介な事態が起こっていることになる。

 ルークは早口でさらに聞いた。

「どういう人でしたか」

「それはちょっと……」

と受付は口ごもる。

「女の人ですか」

「ええ、まあ……申し訳ないのですが、ご親類か関係者以外の方には面会を遠慮願っておりますので」

「そうですか」

自分は関係者じゃないというのか、とルークは思ったが、何か証があるわけでもなく、客観的に見てみれば、89番という事件に興味を示している民間人にすぎない。

 女性ではあるらしい、と思った。マダラの可能性があることを排除できない限りは、安心することができない。

「見つけたのはこの前の、ここにもう一人来ていた、ボレードでしょうか」

「これ以上は守秘義務がございますので……」

と言葉をにごされる。しかし、ルークはここで引き下がろうとは思わなかった。

「この事件で、ひょっとしてですが、ギルバード伯爵の手は入っていませんかね」

相手が「イエス」と言おうと「ノー」と言おうと、貴族と繋がりがあることをちらつかせることを考えた。

 権力を笠に着る行為は、あまり好ましく思っていない。だが、あくまで目的達成のための手段、ということならば受け入れられる。

 単純な話だ。拒否すれば面倒なことが起こると思わせればいい。

 受付は少し驚いたようにルークを見た後、ルークにとっても意外なことを言った。

「先ほども同じことを尋ねられましたよ」

「え、なんだって」

「そういえば、彼女からも赤いチョーカーの人を聞かれましたね」

受付は「彼女」といった。ということは女性だろう。しかも、赤チョーカーのことを同時に尋ねている。

 マダラにはギルバードの名を伝えていない。自分でチョーカーの話をし出したりはしないだろうし、マダラがセンターに来たという線は薄くなる。

 しかし、そうすると……謎が深まってくる。

 その女性は、どうしてギルバードと赤チョーカーの関係を知っているんだ?

「その人はどこに行きましたか?」

「さあ……」

わかりかねます、と受付は答える。建物の外に出た人がどこに向かうかなど、普通わかるはずもないか、とその反応を見て思い直した。

 だがルークは、苛立ちを感じられずにはいられなかった。それが何を言っても反応の鈍い受付に対してなのか、マダラの手がかりが掴めないせいなのかは、わからなかった。おそらく両方だろう。

 89番事件の容疑者を見つけたのは、多分ボレードだろう。夜に出会った時、あんなことを言っていたから、まさか冤罪で突きつけたりはしていないだろうかと邪推してしまうが、一番心配なのはマダラが捕まっていないかということだ。

 だが、その可能性は受付男性の反応を見ると低いのではないかと思われる。というのも、もし仮にマダラが捕まって取り調べられるのを見たとすれば、首のチョーカーは随分目立つから印象に残るはずだ。もし犯人にチョーカーがあれば、犯人に関係することは守秘義務で黙ろうとするはずだから、違う人であったとしても「チョーカーを探している人がいた」とわざわざ言わないだろう。受付がマダラを見ていたなら、という憶測の話ではあるが。

 ルークはセンターを出る。

 西陽が直接目に入ってきて、目を瞑った。少し赤くなってきた。あと2、3時間もすれば日が沈みそうだ。

「……」

ため息も舌打ちも、何も出てこない。そこにあるのは脱力感に似ても似つかない虚無だった。

 事態は振り出しに戻ってしまった。いや、進んでいるのかも知れない。だがそれは、自分の預かり知らぬところで、だ。

 マダラというバタフライ・ドールは、友好的な態度を示せばそれほど苦労なくギルバードの元へ届けられそうな感触があった。

  なのに、なぜ彼女は逃走した?

 なぜセンターにいない?

 グレイという女性の手がかりを見つけたのか?

 考えてもわからない。情報が少なさすぎる。ルークがセンターに確認しにいく間に、ラゼルは近所で聞き込みをしてくれているはずだが、正直見つかるかも怪しい。

 それに、ルークと同じ質問をしたという、女性の存在も気になった。ギルバードとチョーカーの質問をしたということは、ギルバードがバタフライ・ドールを追っている、もしくは関係があることを認知しているということだ。

 そんな人がいるだろうか……と考えていると、ふと、はちみつ瓶を取り上げた女を思い出して、ルークは眉をひそめた。

 ギルバードが、そう大っぴらに口外するとは思えない。

 しかしあの女が、雇われ人の子女だったとすれば、バタフライ・ドールとギルバードを結びつける可能性はある。そう思わせるだけの証拠を掴んでいるということだ。

 ——バタフライ・ドールを見つけたら、ムーン・フォリスに。喫茶店よ。

 彼女の言葉が蘇ってくる。

「……行ってみるしかないか」

ルークはそう結論づけると、歩みはじめた。

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