第4話 類似

 この季節は日没が早い。外に出ると、日がどっぷりと暮れていた。さっきの大男が早速ルークの首を刈るために構えていないかと警戒したが、その姿は見当たらなかった。流石に治安センターの前で犯罪はしないか、と思い直す。

「十三番通りって言ってたな」

 小声でつぶやく。朝からやってる美味しいレストラン「ハムハムヘッド」店長の口コミ情報だ。ルークはゆっくりとした足取りでそこへ向かう。夜の寒さには慣れている。そもそもここは、植物が全て枯れるほど、寒くはならない。

 犯人は夜に行動するというから、今からが捜索時間の始まりには適しているだろう。

 明かりは一六日目の月だけだった。月が明るいせいで、周りの星はあまり見えない。

 周りに神経を張りながら、意識の一部で考え事をする。思えば今日は色々なことがあった。心理的に一番の心残りは、ラゼルとの仲が戻るかどうかだ。

 ……そもそもあいつが詮索してこなければ、こんなことにはならなかった。ルークは他人のせいにするのは良くないことを知っていながら、そう思うことしかできなかった。だからこれは、今回の事件が解決できるまでは変わらないだろう。

 解決できるのか? そもそも、これがラゼルと話す最後だったとしたら……? ルークは首を小さく振って、弱気な心を否定する。死と隣合わせなのは、なにも、僕に限った話じゃない。いつ何が起きて、誰が死ぬのか分からない世の中なんだ。平和に見えるのは、争いと争いの束の間の休息にしか過ぎない。それが人間の歴史だ。いつだって、そうだった……。

 そんなことを考えていると、十三番通りにやってきた。住宅街と商店が入り乱れており、ドアや窓の隙間から家の明かりが漏れているところもある。十三番通りと言っても、道の名前だから範囲は広い。こんなところにバタフライ・ドールなんているのか、蝶と名前につくくらいだし、花でもあればおびき寄せられるだろうか、と安直なことを考える。

 なんとなく、路地の花に目がとまった。色が見えにくいが、多分赤い花だ。今みたいな晩秋の時期に咲く。

 路地の隙間から月光が直線に注がれている。夜に一人でいるという恐怖よりも、誰からも気にされないという心地良さの方が優っていた。ルークはふらりと路地裏に入って行った。

 人目につきにくいところに、1メートル幅の花壇が並んでいる。路地内に入っていくと、少しひらけて、宿屋らしき建物が見えた。狭い隙間から月光が注がれ、その下に、

「ウエッ」

思わず変な声をあげてしまった。一つの花壇にだけ、赤黒の毒々しい模様をした蝶が数十匹密集していたのだ。

 ルークが一歩近づくと、蝶はパサパサと飛び立ち、あちこちに舞った。一匹の蝶だけが離れず、蜜を吸い続けている。キク科の白い花に止まっている。あの蝶だけは動かないのだろうかと、もう一歩進もうとした瞬間、

「近づかないで」

突然、右横から声が聞こえた。咄嗟に振り向くと、数歩先にナイフがきらり光っている。

 相手はルークよりも背が低い。黒っぽい髪が肩まである。

 女の子……?

 どうして自分はいきなり、ナイフを突きつけられる? ルークは混乱した。それと同時に、いつもなら気づけたはずだとルークは歯噛みする。蝶に敏感になりすぎて、こんなに近くに人がいたことさえ気がつかなかった。

 月明かりが届かず顔が陰って、人相はよく見えなかった。部屋着で着るような、ブカブカのローブを羽織っている。本人の背丈と大きさが合っていない。そのブカブカが動きを読みにくくしている。厄介なものだ。

「来ないで」

短く言葉を区切って、語る。その高い声から女性だと、ルークは確信した。女の子は明らかにいきり立っているが、警告してくるということは、まだ理性がある。下手に刺激しなければ、不用意に刺す可能性は低い。ルークは冷静になろうと理屈を巡らせる。

「このナイフ、毒が塗ってあるの。動いたら……」

女の子はその先を言い淀んだ。

 毒、ナイフ——ルークの中で、単語がつながり出し、歯車のように回り始める。危機感の中で一つの推論にぶち当たった。その推論を確かめるために、ルークの取る行動が決まる。

「ご丁寧にどうも」

弱みを見せてはいけないが、脅威に思われてもいけない。

「だけどこんなことをしたら危ないよ。君が怪我したらどうするの」

「……そんなことを言ってくるの、初めて」

相手は変なものを見るかのようにルークを見た。ナイフを持つ手は動かなかったが、声には驚きが含まれていた。率直に言ってくるあたり、案外素直な子なのかもしれない。

「単刀直入に聞くよ。君が、バタフライ・ドール?」

 月光に照らされたたくさんの蝶が舞い、鱗粉を散らす。その神秘的な光景は、ナイフを突きつけられている状況を一瞬忘れそうになってしまうくらいには、美しい。

「いえ」

女の子は強く首を振った。

「私、人間だから」

 人間、という言葉に力がこもっていた。

 それが答えだろう。残念ながら人間は自分のことをわざわざ人間とは言わない。さらにバタフライ・ドールの意味を理解しているということは……そういうことだ。

 案外、早く見つかった。

 ルークは早く捕まえたいという自分の欲求を抑えながら、戦う意志を全く見せずに誘う。

「僕は殺しに来たんじゃない。保護しに来たんだ」

「信用ならないわ」

「無理もないね」

とルークは苦笑する。

「でも今、ひょっとしてさ、指名手配で追われているんだろ?」

図星だったらしく、彼女は動揺を見せた。

「君の身がとても心配だ。ずっとここにいたら、いつ殺されるかもわからない」

「余計なお世話よ。私は自分の意志でここに来たんだから。全部、私の意志よ」

「今、君は命を狙われているんだ」

ルークは喋りながら、自分自身に違和感があった。取り繕っているはずだった。わざと砕けた態度をとっているはずなのに、そこに温かみがのっている。ルークは変な既視感を覚えた。

 一体何に似ているというんだ?

 だが今は、そんなことはどうでもいい。ルークがなんとか説き伏せようと必死になっていると、

「ふーん? 死にそうなのはあなたの方じゃないの? ふふ? 変な人」

と言って、女の子はなぜか笑い出した。それから試すような目つきになる。

「だってナイフを私から突きつけられているのに?」

 ルークが戦う意志を見せていない以上、自分が圧倒的優位を保っていると思っているらしい。

「毒の話だって嘘じゃないのよ。血液に触れたら、あっという間に動かなくなっちゃう」

「こんなところにいたら危険なんだ。貴族で匿ってくれる人がいる。そこにいけば、寒い思いもすることもないし、ほとぼりが住めるまで安全に過ごせる」

女の子は、自分が優位に立っていることを楽しんでいるようだった。

「信用しないことにするね。イケメンって、嘘つきが多いから」

彼女は毒気のない笑顔で言った。

「それに私、寒いって思ったことがないの」

ルークの訴えを、聞いているような、聞いていないような答えだった。

 埒が開かない。

「マダラさん、だよね」

「……! どうして私の名前を?」

 名前を知られているとは思っていなかったらしい。バタフライ・ドールを知っている時点で名前が割れていることも覚悟するべきだとルークは思ったが、その心は、彼女には届かなかった。

 マダラは急に取り乱し、眉をひそめ、

「逃げてよ」

挑発的に言う。

「……」

「逃げないの? それなら——」

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