第3話 センター

 この街には情報が集まってくる場所がいくつか存在する。一つは俗称「治安維持センター」「センター」と呼ばれている町役場だ。ここは犯罪取締を専門に扱っているところで、比較的フォーマルな情報施設だ。

「何かお困りですか?」

受付の男性が無機質に尋ねてくる。服をきちんと着こなし、髪の毛をワックスで固めていて、隙のない身だしなみだ。ただ、ここの受付の人は、何というか、壁に向かって話しているような気分にさせられる。

 ルークのような庶民は、情報収集よりも陳情をしに来たり訴えたりすることがほとんどなのだろう。自分が壁にでもなったような鋼のメンタルを手に入れないと、身が持たないのかもしれない。

「いえ、あれの話を伺いたくて」

ルークは右側の白い壁、四分の一を占めている張り紙の群れを指した。賞金ありの事件がたくさん貼っている。

 相手の目に少し光が灯った。退屈な陳情を聞くよりも、興味が持てたのだろう。

「ああ、お仕事の人ですか」

「そういうわけでもないんだけどね」

と言葉を濁しながら、

「八十九番の殺人事件について」

知りたい事実だけを伝える。

 本当はバタフライ・ドールについて聞きたかったが、名前は伏せておくことにした。街で生きていて、そんな名前を聞いたことは一度もない。ギルバードの話でも、バタフライ・ドールの存在はあまり認知されていない方がいいらしい。

「少々お待ちください」

受付は台帳を取り出し、ページを繰り始める。

 その間に、また一人来客が来た。背が高く、肩が張っている武骨な男性だ。顔つきが悪く、一目でヤクザ関連の人間とわかる服装をしていた。金ピカの腕輪をファッションにつけている。

 なぜこんな見るからに怪しい人間がここに入れるのか。

 犯罪を取り締まり、治安を維持するためには、自然の成り行きなのか、犯罪組織と関わることになる。すると、大体が癒着、妥協するものだ。それにセンターが取り締まるのは庶民の事件であって、貴族が同じ事件を起こしたとしても、見て見ぬ振りをするのが常習である。人が気づく前に、ありとあらゆる手段を使って、貴族は事件をもみ消す。たまにスキャンダルが出てくる時は、大抵の場合、政敵の仕業だと考えた方がいい。

 見るからに人相の悪い彼らが大手を振って歩けるのは、単純化すれば裏に貴族がいるからだ。

 ルークはそういうことに対して、ある種の嫌悪感を抱いていた。それが潔癖すぎるからか、同族嫌悪からくるものなのかはわからない。

 男はここの常連らしく、当たり前のように順番を無視して、ルークの横に立つ。受付に向かって、

「八十九番」

と雑に言い放った。ルークは表情に出さないながらも、驚いた。初めて真面目に相手を観察する。最初に目につく金の腕輪は、腕との接触部分が禿げて、銀色が出ているのが見えた。本物の金ではないらしい。流石に純金を腕につけて持ち歩かないか、と見直す。

 受付は「かしこまりました」と機会的に告げ、しばらくページを繰っていた。該当ページを開き、「あったあった」と呟くと、顔を上げた。

「それなら丁度いい、一緒に説明いたしましょう」

「あん? こいつもか?」

男は顔二つ分ほど、ルークより背が高い。男は威圧的に、ルークを見下げると、

「俺の獲物だ。邪魔するな」

と聞いてもいないのに主張し始めた。邪魔するのなら、まずお前から排除すると言わんばかりだ。そしてそれを、実行しかねない雰囲気を放っていた。

 どうやら賞金目当てで人狩りしている人物とぶつかってしまったらしい。彼らは賞金のために、もしくは本能のままに、平気で人を人とは思わない行動に出る。出会いたくないのに会ってしまった、とルークは思った。できれば避けたい。だが今回の件は、ルークも譲れない。リラ図書館がかかっているのだ。

 ルークが何か言い返そうと口を開きかけた時、

「でも知っている範囲で教えるのは問題ありませんね? 街の治安維持になるのでしたら、私たちは誰だって構いません」

さすがと言ったところか、受付の人はこうした事態に慣れているらしい。冷静さを保ったまま、心理的に突き放した。これは好都合だ、とルークは思った。下手に自分が敵対されるよりはずっといい。

「それがどうした」

大男は意に返さずに言う。

「嫌ならあなたに出ていってもらいますよ」

と受付に制される。大きな舌打ちをして、大男は黙った。ようやく諦めたようだが、見るからに不服そうだった。僕だってあなたと一緒だとは思いたくありませんよ、と内心思いながら、ルークは受付の語る情報に耳を傾ける。

「まず最初に事件が起きたのは、初秋節の夜、丁度1ヶ月前ですね。アルゼン橋近辺で被害者の男性は腹を一月されました。ナイフは小さく、推定幅20センチとなっています。刺し傷も浅く、通常このくらいでは死亡につながるケースは稀ですが、猛毒が塗られていたようです。鑑識によると夾竹桃という花の毒ですね。加害者は逃走。

 次の事件がその三日後です。今度は30代の女性でした。風俗関連の仕事で加害者を誘ったのではないかと推測されます。かなり関係がこじれていたようで、刺し口は13箇所あります。さらに一週間前、身元不詳の男性3名が、これもやはりナイフと猛毒が使われて殺される事件がありました。

 以上、三つの事件は同一の人物が起こした、少なくとも関連性の高い事件だと、私たちは考えております」

 おそらく最後に出てきた3人組が、ギルバートの雇った人物なのだろうと、ルークは勘所をつけた。

「加害者はいずれも夜の時間帯に犯行をし、いずれも第一発見者が駆けつけた時には姿をくらましています。被害者の共通点を探していますが、関連性が薄く、計画性も感じられないことから、当センターでは通り魔殺人事件として取り扱っています」

受付はそこで言葉を区切った。

「犯人が見つからない限りは、市民は安心して暮らせません。それで、生死問わず、捕まえた際には金貨3枚としています」

 ごくりと喉が鳴った。改めて聞くと、とんでもない金額だ。金貨3枚といえば、大雑把に計算しても、十年間は遊んで暮らせる金額になる。慎ましやかに生きれば一生事足りるかもしれない。お金に困らなくなったと言ったって、お金がほしく無くなるかといえば、それとこれは話が別だ。

 それに、元々貧しい生活が長かったルークにとって金貨3枚は夢のような響きがあった。いっそのこと生け捕りにできたら、センターに渡してしまおうか……? 魔の甘い囁きが聞こえてくるが、ルークは否定する。いやいや僕だって、ナイフで一突きされてお陀仏になる運命かもしれない。それに、金で命が戻ってくるわけじゃないんだ……。

 大男は、カウンターに肘を置いて、身を乗り出す。

「そいつぁ、本当に金貨3枚の案件なんか?」

言っている趣旨がわからなくて、ルークは次の言動を待った。

「金貨、5枚だって、おかしくねえ、よな?」

なんと今の話を聞いて、競り上げて来た。厚かましい人種もいるものだ。そもそも今までの話を聞いて、よしやってやるぞと思うのが異常だ。今までの話を聞いて、諦めてくれればいいのにと密かに願っていたルークは、男の厚かましいやり口に眉をひそめ、閉口した。

「いいえ、3枚です」

「誰の金だ」

「報酬金はセンター内で開かれる厳密な話し合いのもと決定されるもので——」

「違う、差し金があるんだろ。そいつと交渉しろ」

「この金額は決定事項ですので、変更の予定はありません」

「生け捕りにしてもか? ケチだな」

「私をどうこうしても変わりません」

殺すか、と言う呟きが聞こえてルークはゾッとした。こいつの目は本気だ。せめて受付が融通を利かせて値段を釣り上げてくれれば……そうだ、そもそもあの貴族が手を回して生け捕りの場合は金貨5枚とか提示しておけばよかったのに……と思ってから、ルークは気がついた。

「今、犯人の生死を問わず、と言いましたか?」

「はい、そうです」

ルークに質問されて、受付はわずかにホッとした表情を見せて返答した。バタフライ・ドールを捕まえる、と躍起になっているギルバード伯爵が、そんな条件をつけるだろうか。一抹の不安を覚える。

 だが、他人のせいにして何かが解決するわけではない。ルークはため息をついた後、決めた。こいつよりも早くバタフライ・ドールを見つけ、確保する。ルークの場合、犯人の情報を手にしていると言う点で、彼よりも有利な立場にある。

 そう思いながら大男を見ると、目が合った。ルークの瞳から、この事件に乗り気であることを読み取ったらしく、大男が機先を制する。

「邪魔したら、お前の首ごと、こうだぞ」

と、切る真似をして脅す。いみじくも治安センターという場所で、そんな発言をしていいのか。ここの治安が守られていない。

「……あなたの首には金貨何枚積んでくれるでしょうかね、ここの役所は」

ルークがひねりを加えて返すと、相手は気分を害して、

「夜道には気をつけるんだな!」

という言葉を吐いて、肩を怒らしながらさっていった。劇中のセリフでしか耳にしないような言葉だな、とルークは思った。

 受付はその背中に、

「ご健闘祈ります」

と形式的に声を送った。それからルークを見て、

「あの人はボレード。根に持つ人ですから、気をつけるべきですよ」

と言った。失礼ながら初めて、彼が心配もできる生きた人間であることを実感した。

「心に留めておきます」

気をつけてどうにかなる問題なのだろうか? 

 ……何が起きたとしても、今、自分ができることをするだけだ、とルークは考えた。

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