sleepy

西順

sleepy

 眠い。ひたすら眠い。私は年がら年中四六時中睡魔と格闘している。一度眠ると24時間眠り続けるなんてザラなので、学校にはよく遅刻していたし、会社員時代もその性質が抜けず、早々に退職させて戴いた。


 今の仕事はフリーのライターである。ライターと一括りに言っても色々な種類があり、取材をしてそれを記事にするライターもいれば、クライアントから指示を受けて記事を書くライター、広告ライターなんて言うのもいる。


 私がしているのは、クライアントから指示を受けて書くライターだ。それも誰それとの対談やらインタビューを文字に書き起こすのが仕事だ。


 これでも仕事は出来る方なので、クライアントとの関係は良好で、毎月食うに困らないぐらいには仕事を回して貰っている。


 しかし眠い。この体質の事もあって、仕事は早め早めに終わらせて、ぐっすり眠るようなサイクルで仕事をしているのだが、この早め早めに仕事を上げるのがよくなかったのか、段々と舞い込む仕事の量が増えてきていた。その為に睡眠時間が削られるのが地味に辛い。


「これ以上増やされても、仕事が雑になって正確な文字起こしが出来なくなります」


 とクライアントに説明して、もっと睡眠時間を確保しようとしたが、


「いやあ、インタビューを受けてくれた先方が、あなたの記事をとても気に入りましてね。あなたが文字起こししてくれるなら、またインタビューを受けても良いと」


 などと言われては悪い気はしない。その結果は、眠気で一日中寝ているのか起きているのか分からない状態が続くと言う有様なのだが。


 そんな私に光明が差し込んだのは、これまた文字起こしの仕事で、ある大学教授のインタビューの吹き込まれた音声データを聴いた時の事だった。


『教授は今や科学者としてその最前線におられ、八面六臂の大活躍をしておいでではないですか。率直に尋ねますが、寝る時間などはどのように確保されておられるのですか?』


『寝ていませんね』


 インタビュアーの質問に、その教授はそのように即答した。


『え? 寝ていないって大丈夫なんですか?』


 不安を素直に口に出すインタビュアーだったが、教授は淡々と返答した。


『ええ。私も学生時代はよく眠る人間で、遅刻ばかりしていたのですが、これではいけないと一念発起しましてね。私の頭脳をフル活用して、睡魔を封印する機械を作り出したんです。これによって私の脳は眠る事が無くなり、1年365日24時間活動出来るようになりした』


 この教授の発言に、インタビュアーは若干引いていたが、私からしたら「これこそが私の探し求めていた機械だ」と、天より啓示を受けたような衝撃だった。


 私はすぐに行動に移した。忙しい仕事の合間を縫って教授にアポを取り、大学に押し掛けると、私は教授に今の自分の現状をぶちまけた。


「そうですか。それは大変な苦労をなされてきたのですね」


 教授は私に同情を示し、教授の開発した睡魔を封印する機械を、私にも使わせてくださると言う。


 私が大変感謝している中、教授が持ってきたのは見た目は掃除機のような機械であった。


「これで今から君の頭に住み着く睡魔を吸い出し、封印する」


 へえ。こんなもので私の眠気が吸い出せるのか。と感心している間に、教授は機械の先端、掃除機の吸い取り口にヘルメットが付いたものを私に被せると、機械のスイッチをオンにしたのだ。


 するとどうだろうか。あれ程眠くて眠くて仕方なかったと言うのに、機械が稼働して20分もしたら、自分でも脳がシャッキリしてきたのが自覚出来る程、脳にかかっていたモヤモヤが晴れていくのが分かった。それはまるで憑き物が落ちるかのような体験であった。


「ありがとうございました。これで眠気から解放されました」


 私が教授に礼を言うと、「当然の事をしたまでだよ」と教授は謙遜した。そして、


「どうだい? 最後に君の頭に取り憑いていた睡魔と、別れの挨拶でも交わしてみては」


 と教授は掃除機のダストボックスの部分をぱかりと開けて、中を見せてくれた。するとそこには、なんと小さな悪魔がいるではないか。悪魔は泣きながら助けて欲しそうにこちらに懇願していた。


「教授、これは?」


「こいつが睡魔だよ。こいつが頭に住み着いているせいで、人間は眠気に襲われるんだ」


 私はそれ以上教授の話を聞くのが怖くなり、早々に話を切り上げて大学を後にした。


 その後、私は睡魔から解放されていつでも脳がシャッキリして、仕事がこれまで以上に捗っているし、プライベートの遊ぶ時間も確保出来るようになって、人生が充実している。ただ一点、全く眠れなくなったと言う難点を除けばだが。

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