二章 心に根差した深い矛盾

第22話 一歩進んで袖の真夜中

 雲上に行き化け物と戦い、母と仲直りした激動の日から一日が経過した。だからといって翔達の戦いが終わる訳では無い。今日も彼、彼女らは雲の上に行く。


「じゃあ・・行ってくる。」


「うん。気を付けてね。」


 母が玄関前で手を振ってくれた。


「・・・・いやありがたいんだけどさ・・・。見送りは今日限りでいいからね?今、夜中の三時だし明日仕事でしょ?しかもこの時間に合わせてご飯まで作ってくれて。」


「別にこんなの大したこと無いし大丈夫。あんたこそ気を付けなさいよ。」


「だから大丈夫だって。さっき言ったでしょ。自転車で二分の場所なんだってば。」


「これに関しては何も教えてくれないから不安なの。」


「・・・何やってるかはあと二日後くらいにわかると思う。心配しないで。じゃあ行ってきます。」


 そう言って翔はドアを開いて外に出て行った。背後から「いってらっしゃい」という、明るい声を受けながら。


 翔は美羽を言いくるめられたと思っていた。多少不心がられているが、強く問いただされる事は無いだろうと。ゆえに美羽が背中越しに目を細めて、何か決意するような表情をしていたことに気が付かなかった。







 車輪で轢いた木の枝がパキッと音を鳴らした。深夜の並木道は虫の声一つせず、本当に今が夏なのか翔は疑問に思う。自転車の速度を上げると風の冷たさで鳥肌がたった。空の下で肌をさする夏が今まであっただろうか。


『こんばんは。聞こえますか。』


 脳内に何かが語りかけて来た。いや翔にとっては誰だかわかっていた。こんな芸当ができるのは一人しか居ない。


「今運転中なんで神社着いてからで良いですか?ハレさん。」


 翔は素っ気なく言った。


『はい・・・話しかけてすいません。本当に・・・。本当に・・・。はい。』


 少し雑な対応をしただげでハレはしょぼくれた。なんてメンドクサイ神様なんだろうか。果たして本気で人類を救う気があるのだろうか。思わず翔はフフッと噴き出した。


「わかりました。すいません。・・・それで要件は何ですか?」


 メタルスライムより根性の無さそうなこの男(性別の概念があるのかわからないが見た目は男)は、人外の力を持ち、彼らの行動の根幹を支えている。決して完璧とは言えないが、頑張って俺達のサポートをしてくれるので邪険にするのは悪かったと翔は思った。


『助かります。神社に着いたらすぐに雲の上に行って欲しいので話す時間は無いんですよ。』


 翔は苦笑いをした。時間が無いのは今回も同じか。『てか伝えたいことあるならもっと強引に言わないと駄目じゃないですか?』と言う言葉を飲み込みハレの言葉を待つ。時には何も言わない事も大切だ。


『今回はしっかり言えなかったお礼を言いに来たんです。』


 ハレは雲の第一層、斎藤実千佳との戦いで翔の活躍を高く買っていた。四人をまとめあげ、傷つく事を恐れず、誰よりも斎藤美知佳を理解し雲を払う事に成功した功績を。


「皆の協力もありましたよ。俺一人じゃないです。」


『それは勿論わかってます。ですが、君が居なければ駄目だった。彼女・・・斎藤実千佳さんは今本を読むことができるようになったみたいです・・・。貴方と会ってから少しずつ前向きに生きれるようになったようで、四日後に会っておススメの本を教えるとウキウキで本を読み漁ってます。』


「そうなんですか・・・。そうですか。」


 発言と共に翔の口元が緩んで口角が上がった。彼女が元気を取り戻すきっかけに成れて今までの行動に意味があったと感じられたから。本当に良かった。読めなくなった時間を取り返すようにゆっくり本を読んでて欲しい。翔はベットの上にて、笑顔で読書をする実千佳を思い浮かべてた。


『だから彼女にかけた言葉に君は悩まなくて良いんです。』


 ピタリと翔は悩んでいたことを当てられ少し体がビクッとした。


「心は・・・読んで無いですよね・・・。そんなにわかりやすかったですか?」


「私以外にはわからないですよ。貴方は自分の部屋で何もせずに引きこもってた訳じゃない。ずっと過去の反省をしていた。確かに、届けた言葉は納得に欠けた物かもしれない。けれど真面目に人の気持ちを理解しようとした貴方の生き方が斎藤美知佳さんに伝わったんです。無駄なんかじゃありません。」


 翔はハレの言葉にどんな感情を抱けばいいかわからなかった。自分のやってきた事を認められて嬉しい感情。贖罪の行為を前向きに捉えてはいけない感情。


「どうなんでしょうか。まだ俺にはわかんないです。」

 

 『喜び』と『罪悪感』が共存する気持ちの処理ができないので今はただそっと感情に蓋をして後で考えようと思った。


『そうですか。自信がいつか持てると良いですね。』


 信号が赤になったので翔はブレーキをかけた。ここを渡れば直ぐに晴天神社に着く。


『神社がちかくなってきましたね。そろそろお別れにしましょうか。』

 

そうしてハレは、


「何かあったら頼って下さい。僕は貴方の味方です。・・・本日の夜も期待してます。」

と、言い残して消えて行った。


 ハレってあんなに気が回る人・・・神様だったんだ。的確に自分の求めていることを、伝えてくれるので・・・今まで感じていなかった容量の良さ垣間見た。ああいう事が言える人なら、もっとうまく俺達のサポートできる気もするけど、それは別の話なのかな。

 

 信号が青になったので、翔はペダルを踏んだ。


 直ぐに長い階段が見えてきた。相変わらず、隣の四階建てのマンションより高い。今日も彼らはこの町で一番空に近い場所から雲の上に行く。


 ブレーキをかけ、キュっと音を立てて自転車は止まった。階段の足元は蛍光灯で照らされているので、事故の心配は無い。真ん中に手すりが伸びているのでそれを掴んで登れば事故の心配はない。


 今回はどんな人が居るんだろう。長い階段を前に翔は考える。どんな理不尽に絶望したんだろう。誰からも理解されずに消えて行った魂の叫びが今日も夏の寒風になって肌を撫でた気がした。助けたいなんて傲慢な事は考えない。会って話してできる事をやるだけだ。


 翔は一歩、一歩、ゆっくり階段を登って行った。





 一方ハレは階段を登り切った更に奥、本殿目の前の地面に片膝で座って居た。白い狩衣が汚れる事も一切気にしていなかった。


「とりあえず彼との会話は、この紙の通りに言えましたでしょうか。」


 ハレは手のひらサイズのメモ用紙を眺めて言った。そこには箇条書きで、以下の事が書かれていた。


『『二回目、雲に行く前に翔君へ伝えて欲しい事。


・翔君は実千佳さんに言ったアドバイスが悪いと思ってるからそれだけ『違う』って言ってあげて。実千佳さんの近況を言えば聞いてもらいやすくなるかも。あと必ず『翔君がやってきたことは無駄じゃない』って伝わる様にすること。


・必ず最後は「私は貴方の味方です」って伝えて会話を終わらせること。

今は何を言っても翔君には伝わらないと思う。でも味方が居る事実は強調する事。


・落ち込んでたら励まして!「自信が出ると良いね」みたいなこと言ってあげると良いかも。


 本当は私がやるべきなんだけど・・・ごめんね!ハレ!

 あとこの用紙が使い終わったら四人にはバレずに処分しといてね!絶対ね!』』


「僕だって忙しいんですけどねー。」


 ハレはニヤニヤしながら掌から火を出し、メモ用紙を消し炭にした。


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