第20話 慈愛の心は自棄の元①

晴天神社から家に到着すると、窓ガラスから明かりが付いてるのが見えた。


「母さんまだ起きてるんだ。」


その事実に少しだけお腹が痛くなった。


翔は母と話すのを後ろめたく感じている。


学校に行かず引きこもり面倒ばかりかけている。


家の事は仕事で毎日疲れている母に任せ、自分は家事をなにもしない。


それなのに翔の母は彼にいつも優しくしてくれた。


ご飯を一日欠かさず作ってくれた。学校に行けと無理矢理怒鳴る事も無かった。


祖母の墓参りの件、翔は謝って無いのにいつもと変わらない態度で接してくれた。


どうして俺なんかの為に・・・。


翔は常に思っていた。


引きこもっている理由すら母さんに告げていないのに。


だが、今日は違う。翔はそう思っていた。


もう言いたい事を先送りにするのは止めないと。


翔は玄関扉を引き、静かにを戸を閉めて家に入った。


朝の五時だというのに、鍵はかかっていなかった。


「ただいま。」


そう言った瞬間だった。


リビングからドタドタ足音を鳴らして、凄い勢いで扉が開いた。


「今まで何してたの?こんな時間まで外に行って。」


翔の母、美羽みうは落ち着きのない表情をしていた。


眉を眉間に寄せたり、唇を常に動かしたり、目を細めたり開いたり。


動揺、怒り、悲しみ。色んな感情が現れている様だった。


「・・・・・それは言えない。」


ハレから口止めをされていた訳では無い。


ただ引きこもりの息子が、夜中に外出し、


『雲の上に行って、化物と戦ってた。』


なんて言ったらそれこそ、別の心配をされてしまう。


喋らないのは気遣い故だった。


しかし、この言葉は美羽みうにトドメを刺すのに十分だった。


「そんなにお母さん駄目かな。」


美羽の声が少しうわずった。


「翔は。何で悩んでるか分からないし、急におばあちゃんの葬式にも出ないって言うし、お母さんどうして良いかわからないよ。」


美羽は顔を両手で覆った。


「外に出て行ったのだってどれだけ心配したと思ってるの?今は世界が終わるかもしれなくて自棄になってる人が沢山いるの。もしそんな奴らに襲われて、貴方の身に何かあったら今度こそ私一人になっちゃう。」


美羽は肩を震わせ鼻を啜り始めた。


「翔が幸せに、健康に、元気に生きて行けるように頑張ってるのにどうして毎日逆の生活を送ってばかりいるの?少しは母さんを安心させてよ。ちゃんと何考えてるのか教えてよ。」


そう言い終えて、美羽は袖で目を何度も擦った。


母さんに


『私の事もう少し考えて。』


そんな事を言わせてしまった。


翔は自分が逃げ続けていた問題の重さを知った。


俺が逃げてる間、ずっと支えてくれていた。


ただ支えるだけじゃない。俺の事を信用して、見守る事がどんなに大変な事なのか。


いや気づいていた。気づかないフリをしていた。


母さんが仕事の量を増やし帰りが遅くなったのも、冷蔵庫にお酒の量が増えた事も、禁煙してたハズなのにタバコを吸い始めたのも全部俺のせいだ。


情けない。・・・・自分の事ばかり考えて本当に情けない。俺は何処までも子供だ。


翔は靴を脱いで、母の目の前に立った。


「まず・・・ごめんなさい。俺本当に何もわかってなくて・・・母さんが居ないと何もできないのに甘えてばっかりで。」


翔の呼びかけに美羽が顔を上げた。


「俺が不登校になった理由って本当にみっともなくて恥ずかしい事だったんだ。だから話したくなかった。決して母さんが駄目とかそんな理由じゃない。俺は母さんを一番尊敬してるから。」


「嘘ばっかり・・・。」


「嘘じゃないよ。とにかく不登校の理由は全部話す。もう言いたい事先送りにするのは止めたんだ。」


翔は美羽の背中を摩りながら言った。


何度もごめん。ごめん。と呟きながら。

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