第19話 舞台裏
「最初に言った通り、人間の限界を越えたり、社会に大きな影響を与える願いは無理です。空を飛べる様になりたいとか、手からエネルギー砲撃ちたいとか……人を生き返らせて欲しいとか。」
「それはわかってますよ。他に叶えられない願いはありますか?」
「あとは…雲を晴らす活動に支障が出る願いとかでしょうか。こんな願いする人まさか、いないと思いますが、例えば二度と歩けない様にして欲しいとか。それらは叶えられません。……これ位です。叶えて欲しい願いはありますか?」
「私は今は無い。だから後で良い。」
真奈美が最初に発言する。
「それともこの権利って今使わないとダメ?」
「そんな事はありません。雲を払い終わるまでならいつでもどうぞ。」
ハレの発言を聞き、真奈美は『ならもう関係ない』と言わんばかりに鞄から本を取り出し読み始めた。
ハリーポッター並みに分厚い本。
常人なら何日か、あるいは数週間かけて本だろうが、200ページの本を数十秒で読む彼女にとっては丁度いい時間潰しなのだろう。
「私も良いかなぁ。…思いつくまでパスで良い?」
続いて湊が辞退した。
金の髪をくるくる弄りながら。望めば大抵の物を買ってもらえ、プレゼントされてきた湊にとって、そもそもこの報酬は魅力に見えていなかっただろう。
ハレはこの事を知っていたので、そうですよね、と特に驚かず了承した。
「意外と皆さん謙虚ですね。もっと色々あると思ったのですが。」
「際限があるからじゃないですか?例えば全能になりたいって願いが叶うなら誰でも即答できますよ。」
「はいはい。夢がなくて申し訳ないですね。」
この神は全く…。
翔は神様も俺たちと大して変わらないのかもと思った。
初めてやる事は失敗するし、自分が渡すプレゼントは喜ばれたいし、卑屈にもなる。
これじゃあ神頼みもあてにならないわけだ。
「因みに翔君もやっぱり無いんですか?」
「うーーーーーん………そうですね。俺も思いつくまで待ってもらえますか?」
腕を組み、眉を顰め、首を傾げ、悩んで苦悩する翔の姿に、ハレは引き下がる他なかった。
「はぁ…まぁゆっくりかんがえてください。」
多分皆の願いを叶えて羨望の眼差しを受けたかったんだろな。
ごめんなさい。カッコいい所見せれなくて。
翔心の中でペコリと頭を下げた。
神様らしい力をお披露目する機会もなく今日は解散かと、提案を保留した三人が思ってる時だった。
「なんだよ。お前ら何にも無いのか。じゃあ願いがあるの俺だけかよ。」
夏樹が金属バットを振り回しながら、ハレに近づく。
「意外ね。あんたはすぐ叶えたい願いがあるの?」
「この場合は逆だろ。なんでお前ら揃いも揃って無いんだよ。」
夏樹が湊に言い返す。
言い返せなかったのが気に入らなかったらく、湊はムカつく!と小声で呟いた。
「本当ですか!ありがとうございます!」
翔は少し複雑だった。
願いを叶える側なのにお礼を言う、必死すぎる神様。
親しみやすくて良いが、イメージは崩れたな。
ハレがウキウキでどんな願いか、夏樹に聞くと
「母さんの腰を治してくれないか?最近仕事で痛めたみたいで……できるか?」
「勿論!お安い御用です!」
ハレが即座に指を鳴らした。
パチンという乾いた音がなるのみ。空間が歪むだとか、時が止まるみたいな派手な演出は無い。
今まで通りの空気が流れるだけなので、四人は出方を見ていた。
「はい。これで大丈夫です。お母さんの腰は治ってるはずです。」
「本当か?なんか信じらんねーな。」
「貴方達との信頼関係を壊す事はしませんよ。」
真面目なトーンだった。
ハレが真面目に話すと空気が変わる。
おちゃらけた雰囲気に誤魔化されそうだったが、初めて会った時や、雲から帰ってきた時のハレは畏怖を身に纏う存在であった…と四人は思い出した。
「まぁ…いいか。嘘だったらこの金属バットでボコボコにしてやるからな。」
願いの話しが終わると、今度は四人全員に四十万円が配られた。
当初の二倍の額だったが、これからも戦いが続くことのお詫びの意味合いがあった。
お金は雲から帰ってくるたびに貰えるが、願い事に関して一人一個までなので四回雲に行っても合計四回願いが叶うわけでは無い。
ハレの話に異論を唱える者は居なかった。
ハレはそれを確認して「では、また」と言い残し煙のようにその場から消えた。
もう誰も驚く者は居なかった。
そうして今日は解散となった。
四人が外に出ると辺りはすっかり静まっていた。
階段からは街並みが一望できた。
まばらに灯りがついていた。早起きなのかな。
それともあの人たちもまた、明日に行けないままこの時間を迎えた人達なのだろうか。
そんな事を考えながら、翔は改めて空を見上げた。
ハレの話を聞いた後では、少しだけ夜の黒が薄くなったように見えていた。
「ふわぁあ。今日はまっすぐ帰るわ。疲れた。おやすみ。またな翔、真奈美さん、湊。」
大きな欠伸をしたのは夏樹だった。
「おう。今日はありがとう。お母さんの腰良くなってると良いな。」
夏樹は翔の言葉を受け取った後、真奈美を見た。
しかし真奈美は夏樹に何も言わなかった。
ただ黙って、肩にかけた鞄の持ち手をギュッと握って水色のマフラーを撫でていた。
「なんだよー真奈美さん疲れてんのかよ。てか湊!お前も俺になんか言う事ねーのかよ!俺のおかげで何度も助かっただろうが!」
そんなわけないでしょ。この馬鹿!
そんな返事が返ってきそうだが、返事は無く、ただ風で葉の揺れるザワザワという音が響いてた。
それもその筈。彼女は既にこの場にいなかったからだ。
「あ!?…湊のやつ先帰ったのか。いつのまに。」
「俺も全然気づかなかった。真奈美さんは?」
「わかんない。」
派手な格好で、好き勝手な言動を繰り返す彼女とは思えない、静かな帰宅。
改めて翔は考える。
一言も言わずに帰る子には思えなかったけど。
自分の存在に絶対的な自信を持ち、強気でそして………関わる人間をできることの多さで優劣を決め判断する不安定な女の子。
今の所何故か俺は認めてもらえてるから、上手く行ってるだけでいつ関係性が悪化するかもわからない。
これからの不安要素の一つだ。
「あいつもハレみたいに、煙みたいに消えれるのかな。でも居ねぇなら仕方ないか。じゃあ俺今度こそ帰るから。」
階段を下る夏樹に、翔は手を振りながら見送った。
ハレ、湊、夏樹が帰り、神社に居るのは翔と真奈美だけになった。
翔が隣に居た真奈美に話しかける。
「……なんで夏樹のお別れ無視したの?」
責める意図は無かった。
単純な疑問として、どうして空は青いのかと聞く子供の様な純粋な気持ちで真奈美に聞く。
「疲れてただけだよ。」
真奈美は翔と目を合わせない。
なのでどんな顔で言っていたか翔からは見えない。
ただ水色のマフラーを撫でながら、神社の奥を眺めていた。
……違うだろ。
翔は気づいていた。
夏樹が母親の為に願いを使った時、真奈美は彼を睨んでいた。
何故?
……これから考えるのは全部憶測だ。
長袖とマフラーの下に隠れた傷だらけの体。
それに彼女は一人暮らし用の資金を稼ぐ為にハレに協力してる。
一体誰につけられた傷なのか。
何故一人暮らしがしたいのか。
何となく真奈美さんの置かれてる状況が見えてきた。
………二回目だが勿論これは全部俺の妄想だ。
でも…もし…もしも今彼女が苦しんでるとした
俺が…
「俺が…なんだ?」
聞き慣れた声が聞こえた。
翔にしか聞こえない怨みのこもった重い声。
翔が振り向くと、そこには血まみれの首に十字架のネックレスをかけた制服の少年が立っていた。
「何も救えない癖に、瞬間の自己満足のためにまた手を伸ばすのか?」
それだけ言うと少年は消えた。
しかし、踏み出した一歩を後退させるには十分すぎる言葉だった。
そして翔はわざとらしく笑って真奈美を見る。
「そうだよね。今日は本当に頑張ってくれたから助かった。真奈美さんも早く帰って休んだ方が良いよ。」
笑顔で、元気に、真奈美に言葉を投げる。
「……ごめん。本当に。」
彼女はどこか気まずそうだった。
「何で急に謝るのさ。」
「だって………いやなんでもない。」
何か言いかけて、真奈美は階段の方に歩いて行く。翔も言いかけた内容を言及することは無かった。
「今日はありがとう。こっちも凄く頼りになってた。明日からもよろしくね。」
「こちらこそ〜。」
真奈美の事務的な別れの言葉に、翔は手振りながら笑顔で見送った。
彼女が階段から降りるのを見てから翔は手を下ろした。
そしてその場で崩れ落ち地面に手をつき、四つん這いの状態になった。
「ふぅーーーーーーーーーーー。」
大きく息を吐いた。
息と一緒に虚栄だとか、元気だとか、気遣いだとか、欲望だとか、気を張っていた物全てが抜けた様に、顔には疲労が滲んでいた。
「うまく…やれてた筈だ…。大丈夫…大丈夫。」
翔は一人で暫く何度もそう呟き続けていた。
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