第17話 帰還そして

戦いが終わった後の空は晴れやかだった。まるで翔と斉藤実知佳の戦いの決着を祝福するように、彼を大きく照らした。

ギラギラの日差しを手で防ぎ、目を細める。

そうして大きくはぁ…と溜息をついた。

いや違う天気なんて何の意味も持たない。

翔は知っていた。

母と大喧嘩した日も、友達が自殺した日も、斉藤実知佳がこの世の終わらせようとした今も空は雲一つない晴天だ。一体何を照らすためにお前はあるんだ。

もし太陽とやらに意思があって、最後に立っていただけの俺にスポットライトをあてるのだとしたら、もう一生雲から出てこなくて良いとすら思った。何もわかってないお前には俺たちを、世界を照らす資格がない。

……矛盾してるな。その太陽を取り戻すための戦いだったのに。


「引島君!」


呼びかけに振り返ると、真奈美が走って来るのが見えた。顔を真っ赤にして、息をハァハァと乱していた。到着してすぐに膝に手を付けてハァハァと呼吸を整え始めた。


「ど・・どうしたの真奈美さん。」


呼吸を整え終えると、今度は翔の肩に両手を置いた。


「え、なになに?」


「ありがとう。それとごめんなさい。」


翔と真奈美の目が合う。真奈美は真剣な眼差しで続ける。


「ずっと心配だった。たった一人で行かせてしまったのを。もっと何かできる事があったんじゃないかって。もし死んじゃったら私のせいだって。」


思ったより真剣に考えられたことに翔は驚いた。正直ここまでの反応をされると熱量に差を感じ、こっちが一歩引いてしまう。


「お・・大げさだよ。俺が死んだらどうして真奈美さんのせいになるの?」


「だって・・!止める理由が私にはある!」


翔は自分の命を軽く見ている。先の作戦で一番の囮役に自分から志願し、一人で何十人の化物相手に考えなしに挑んでいた。

真奈美は翔の本質を完璧に捉えてはいない。しかし保健室で話した翔の話から気が気じゃないほど心配していたのは本心だった。

そしてそれは翔にも伝わった。


「・・・・・大丈夫だよ。約束したじゃん。もう危ない事はしないって。」


翔は実千佳に『殺してくれ』と本心で頼んだ事は隠し通す事にした。もう全部終わったんだ。余計な物を残す必要はない。だからこそ翔は傷だらけの顔で、痛みに耐えながら口角を上げ笑顔で続ける。


「まぁ…そんなに心配してくれるのは嬉しいから頑張ったかいはあった。けど…もうちょっとなにかなかったの?」


「なにが?」


「例えば走って来て思いっきり抱きしめてくれたら完璧だったんだけど…テイク2行っとく?」


「はいはい。また今度ね。」


思いっきり流されたので翔は恥ずかしくなった。


「……所で斉藤さんとは何を話したの?」


「本屋に行く約束をした。五日後。晴れた日に行こうって。」


「・・・・・・そう。それは楽しみだね。」


そう。実知佳ちゃんは一人でどうしようもない状況だった。一緒居てくれる友達が欲しかっただけなんだ。だから・・・今回だけ許して欲しい。五日後だけだ。ちゃんと約束の日以外は引きこもってるから。

翔は誰かへの言い訳を考えてから、十字架の剣を強く握ってから、手元から消した。


「おうおうおう。やっぱりちゃんと倒したか!流石だな翔!」


真奈美の後ろを翔がのぞくと夏樹と湊が居た。


「相変わらず信用してもらって嬉しいよ。俺が負ける事とか考えて無かったの?」


「そりゃな。一人で行くって言った時は驚いたけど、ここまで翔が言い切るなら大丈夫だろって。」


夏樹が握り拳を差し出して来たので、グータッチで応じた。


「てか…俺が全部やったみたいになってるけど違うからね?真奈美さんが指示したり、夏樹と湊ちゃんが助けてくれなかったらうまく行ってなかったんだから。」


「まぁね!」


堂々と湊が言った。本当に自分のおかげである。


そんな自信満々な言い方だった。


だからこそたった3文字のその言葉が翔の胸に刺さった。


分かり合えない人間はいる。


それで良い。


もう終わった事だ。


ここでお前は間違ってると口論し、今までの行動を責めた所でそれは自己満足だ。


どうせ今日でお別れなのだから。


翔は真奈美を見た。


自分と似た考えを持った彼女が湊をどう見てるか、何を思ってるのか。


その表情は少し悲しそうだった。ただし真奈美も何も言わない。


そんな時真奈美と目が合った。


1秒かからずお互いの考えてることがわかって無言で苦笑いしあった。



「所で私達どうやって帰るの?」


湊が思い出しかのように言った。


「ここ雲の上なんだろ?飛び降りれば良いんじゃね?」


「良いわけないでしょバカ。」


その時だった。頭に何が響いた。


「こんにちは!皆さん。本当にお疲れ様です!」


四人全員が聞いたことのある声。ハレだった。


「皆さんの活躍のおかげで見事雲を晴らすことに成功しました。」


雲が晴れた。その言葉を聞き、ガッツポーズをする湊、そっかこれで海行けんなぁと呟く夏樹。マフラーをぎゅっと握る真奈美。そして黙って聞く翔。


「という訳で皆さんの仕事は終わりました。これから晴天神社に帰還してもらいます。問題ないですね?」


四人が頷く。すると四人全員の体が激しく光って、みるみる透過していった。


「え?嘘!?なにこれ!」


「おい!ハレ!てめー何した!裏切ったのから!?ぶっ飛ばされたくなかったら今すぐ…」


「安心してください。ここから消えるだけでちゃんと帰れます。移動用の儀式みたいな物ですから。」


最初は爪先からだった。そして脛、膝、越、お腹、胸、腕。順に消えて無くなってついには視界すらも真っ暗になった。


しかし不思議な事に意識はあった。


何も見えない、感じない、聞こえない。


だから少し考えていた。先の戦いで残っていた胸のつっかえを。


俺は実知佳ちゃんに…この世界で絶望する彼女に


それでもこの世界で生きるしか無い


と言ってしまった。


最悪だ。


正しさを吐くだけなら誰でもできる。


本当にあれでよかったんだろうか。


もっと前向きになれる言葉があったんじゃないか。


「また同じことを繰り返してるな。」


何処から声が聞こえた。よく知ってる声だった。中学校で友達だった。彼の声。


「どうせまた見捨てるくせに。」


「だからさっき今回だけって言っただろ。俺に務まらないのはわかってる。けど俺がやるしかなかった。俺以外にできる人がいなかったから。」


「久しぶりだね。俺に返事してくれたの。」


相変わらず感覚が無い。真っ暗な世界とシーンと響く耳鳴り。そして彼の声。今翔を構成する世界はそれだけだ。


「けどそんな事はどうでも良いんだ。俺がいいたいのは君にはどうせ何もできないって事だから。」


今度は言い返さない。いつも通り黙って彼の声を聞いていた。


「あと今回だけとか言ってたっけ?一回で済むと良いね。」


彼が言い終わった瞬間だった。


手にゴツゴツした感触が現れた。


手の平にに力を入れると足ツボの床を手で押してるような痛みが走った。


そしてプーンと蚊が飛び回る音。


状況が理解できず思わず、翔は目を開いた。


「あ…」


地面に転がる大量の小石、あたりを囲う大木、口に火のついた蝋燭を咥える狛犬。そして鳥居。


そこは何度も来たことのある晴天神社だった。


「そうか帰って来たのか。」


周りを見てもまだ3人は居ない。

俺だけ早く帰って来たのかな。


ふと時計を見る。時刻は朝の五時。そんなに長く雲の上に居たことにも驚いたが翔はある事実に気がついた。


ちょっとまってくれ。どういうことなんだ。


俺は毎日この時間には起きていた。だから5時はもう陽が登ってるはずなんだ。


それなのになんで…なんで…空は黒いままなんだ?


ザッザッ


何か足音が聞こえた。こちらに近づいてくる。


そして音の主は月あかりに足を踏み入れた。


「おかえりなさい。」


「その声は…ハレさん…か?」


そうです。とハレが返事をしたあと翔は後退りをした。理由はわからない。ただ無意識だった。


「怖がらせてしまいましたね。すいません。ただ…」


「何か言いたいことがありそうですね。」


月がさす光と蝋燭の火のおかげで、暗い夜の中でもハレが妖しく笑うのがよく見えた。








おまけ

斉藤実知佳の能力


・召喚術

その名の通り、命令通り動く兵隊を召喚できる。兵隊の容姿(人間以外の形も可)、膂力、数、能力付与などは好きなように設定できる。


・透明化

自身の存在を一切認識されなくなる。

ただ透明になっても、存在が消える訳では無いので、相手の適当に振った攻撃に当たる事もある。能力の同時発動も勿論可能なので本人はすり抜けと一緒に使っていた。


・すり抜け

あらゆる攻撃をすり抜けることができる。

自分の体が害だと判断したらすり抜けてくれる。高熱や病原体など形が無い物も例外では無い。使い方によっては心が受けるストレスすらもすり抜ける。


・広範囲探知

学校全体規模に視覚と聴覚を張り巡らせる。

学校では何処に隠れようと位置を把握され、どんな小声で喋ろうと全て聞かれる。


・再配置

自分が一度触れた物を術者が行ったことのある場所に移動させる。

発動には集中力が必要で、瞬間移動のように小回りのきく能力では無い。



・上記の能力を使用する際の代償

無し

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