第16話 世界に朝日を 君に友を

「ここまで無理矢理来たけど、こっからさき翔ひとりで本当に良いのかよ!」


しょう以外の三人は屋上の入り口で待機し、化物の侵入を防いでいた。


翔の願いを提案を守るため、彼がやりたいことをサポートする方針に決まった。



「ありがとう。俺は大丈夫。けど、皆全滅する可能性の方がデカいのは覚えてて。」


「冗談じゃない。その時は私があの女を殺しに行く。」


湊が睨みながら翔に言う。湊は最後まで納得してなかったが、真奈美と夏樹に説得されて渋々折れたのだった。


「ならそうならないように頑張るよ。」


屋上は人が飛び降りない様に三メートル程の緑のフェンスで囲まれていた。


杜撰だと翔は思った。


人の死望意識があの程度の高さを超えられないと思ってる。


そりゃそうか。この世界は死にたいと思ってる奴の為に作られてない。


「まずは、待っててくれてありがとう。君なら逃げれただろうに。」


フェンスにもたれて座る実千佳みちかに翔は言った。


「お礼なんて意味が無い。どうせあなたもいなくなるんだから。」


「そうか。殺してくれんのか。」


手に持っていた十字架の剣を消した。そして実千佳の前で大きく手を開いた。


「それなら今すぐやってくれ。」


実千佳は怪訝な表情で翔を見る。


その死にたいという意志が演技、偽りであると思わなかったから。


空から化物は振り続ける。びちゃびちゃ音を立てながら屋上にもゴミの様に生まれ落ちていた。


しかし化物は動きを止め、翔を襲う事をしなかった。


屋上に居る翔と実千佳をただを眺めていた。


「どうして貴方は死にたいの?」


「罰を受けて罪から解放される為かな。」


「罪・・・。祖母と母に対しての?」


「保健室での会話もやっぱり聞いてたんだ。ちょっと恥ずかしいな。」


翔は実千佳にゆっくり歩いて近づいていく。敵意は全くなかった。それが実千佳に伝わって彼女も警戒してなかった。


「隣座って良い?」


「良いよ。」


許可を得て、翔は実千佳の隣に座った。


「実千佳ちゃんも死にたかったの?君の話はうちの賢い女の子から聞いてて、少しだけ何があったか知ってる。酷い話だったと思う。」


「死にたかった?そんな訳ないじゃない。」


実千佳の声から怒りの感情が滲む。


「許せなかった。あんな酷い奴らが何のお咎めなしに生きてることが。何で私だけこんな目に合わないといけないんだ。好きだった読書も楽しめなくなった。誰も味方なんて居なくて・・・そんなのもう死ぬか、全部滅ぼすしかないじゃん。」


的外れな翔の心情考察は実千佳から多くの言葉を引き出した。


「そうだね。おかしいよな。悪い人間がのうのうと生きて、何にも悪くない人間が割を食うなんて間違ってる。君のような人を傷つけた人間は死ねば良いと思うよ。心の底からそう思ってる。」


人から裏切られ、傷つけられた人間と言うのは言葉に敏感だ。


人の発言の本気さが感覚でわかるようになる。


それは弱者の生存戦略であり、強者には無い後天的に植え付けられる技術。


実千佳もそれを持っていたので翔の言葉の真意を見破るのは容易だった。


「貴方も大変だったのね。」


嘘では無いと気づき、労いの言葉を翔にかける。


「君に比べたら全然だよ。」


実千佳が立ち上がった。そしてその場で肩を上げて笑い始めた。


「ふふふふふふ。」


次第に笑い声が大きくなる。翔には無理矢理笑ってる様にしか見えなかった。


「じゃあ!今から全力で貴方達を殺す!このろくでもない世界を守る貴方達なんて要らないでしょ!そして次に世界中の人間を殺す!私が受けた苦しみを味合わせて皆殺そうと思う!」


「良いと思うよ。」


翔は目を合わせないで答えた。


「もしかして人を傷つける事は楽しいのかもしれない!私を傷つけるあいつら本当に楽しそうだったもん!一人一人を遊びながら殺す。いやあえて殺さず痛みだけ与え続けるのも楽しいかもしれない!」


「良いと思うよ。」


翔は目を合わせないで答えた。


「邪魔な奴を皆殺せばきっと私の求める素晴らしい世界が手に入ると思う!引島君!貴方もそう思うでしょ?」


「うん。そう思う。」


翔は目を合わせないで答えた。


再び実千佳は高笑いをした。彼女の高笑いが屋上に響いた。


こんな声がどこから出るのか疑問に思うような邪悪な声だった。


明日には喉が潰れて良そうだ。いやでも彼女には関係が無いのかな。


今この手で明日は消そうとしてるのだから。


一思いに笑ったのか、彼女の声が止まった。


そして、彼女はくずおれた。


「嘘つき・・・・。」


先ほどの笑い声で声量を使い切ったのか、羽音の様に小さい声だった。


「人なんて殺したくないよ。だって・・どんな悪人でも殺してしまったら悲しむ人がいるじゃない。」


翔は実千佳の傍によった。弱弱しい声量でも、彼女の声を聞き漏らさないように。


「人を傷つけるのだって楽しくないよ。貴方達が傷つくのも、怖がって怯えるのも見てるだけで胸が痛んだ。ずっと嫌だった。本当にごめんなさい。どうして皆は当たり前の様にこれができるのか最後まで理解できなかった。」


声が水気を帯びていた。翔はただ黙って聞いていた。


「人が嫌い。この世界も嫌い。それでも一人はもっと嫌い。皆殺したって生きやすい世界が手に入るとは思えないよ。」


翔はこれほど強い彼女を相手にどうして俺達が生き残ってるか理解できた気がした。優しすぎたんだ。最初から彼女に戦う気なんて無かった。


でもどうしてなんだろうな。


幸せになるべき人程消えて行く。主張をしない、いやできないから消えた事にすら誰も気づかれない。


これを仕方がないと片付けたくない。


だからこそ彼女に言いたい言葉があった。


「ねぇ引島君。どうしたら良いと思う?」


返す言葉決まってた。翔は即答する。


「結局俺達が嫌いなこの世界で生きて行くしかないんだよ。」


救いも無い、純然たる事実。


ずっと引き篭もって考えていた。


どうすれば救われるのか。どうすれば幸せになれるのか。


どんなに考えても、生きるという前提条件は変えられなかった。


「そう・・・だよね・・・。それしかないよね。」


彼女が呟いた瞬間だった。屋上で静止していた化物が一斉に動き始めた。


二人の居る場所に向かって一直線に走ってくる。


しかし翔は即座に自分が狙われてないのに気がつく。じゃあ誰を狙ってる?


一秒で答えが出た。翔は十字架の剣を取り出し、突っ込んでくる化物の群れを横一閃に切り裂いた。



「化物は俺を無視して君を殺そうとしてた。なるほどね。分かり切ってる答えを叩きつけられて自殺しようって事か。」


「お願い。もう良いの。私が死ねば雲も晴れるわ。だから良いじゃない。失う権利まで奪わないで!」


「『凍狂の病間』って小説が面白かった。」


翔は唐突に話し始める。


「俺は小説何て滅多に読まないけど、あの小説は読みやすくて一気に読めてしまった。」


化物の雨は未だ止まない。気づかぬ間に化物の山は校舎と同じ高さまで来ていた。


そしてたった今それは屋上を超えた。化物の群れが一つの場所に集まって融合していく。


そして現れたのは二十メートルを超える程の巨人だった。


振り下ろされた拳は校舎の三分の一を紙粘土みたいに叩き潰した。


衝撃で翔と実千佳の体が宙に舞う。


翔は空中に居る実千佳を捕まえ、脇に抱えた。


「東京に引っ越してきた主人公が、都会の雰囲気に馴染めずイジメられ、精神的に崩れて病院で生活するお話だった・・・・。よね?」


巨人に大した反応もせず、翔は話の続きをする。


「そんな主人公もその病院で色んな人と出会ってメンタルを回復していく。特に俺が好きなのは退院して学校に通ってもイジメられてる事実は変わらないって事。それでも主人公は出会いを得て、イジメに負けない強い人間に成った。その背景には自分だけの居場所があったから。」


巨人の攻撃は休まず行われていた。一撃一撃が大地を割る必殺の攻撃。翔は避けながら会話を続ける。


「あれ?確かこの本読んでたよね?結構好きな本って聞いてたんだけど俺の勘違いだった?」


「いや好きだけど・・・。」


翔は真奈美まなみから聞いていたことを思い出した。


斎藤実千佳の好みは、社会の悪い部分に巻き込まれ後ろ向きになった主人公が他者の力をかりて前向きに生きられるようになる作品だと。


実千佳を地面に置いた。


「どうして一番最初俺達に全戦力を投下しなかったのか。それが答えだ。」


二人を丸い影が覆った。


巨人の拳が二人を目掛けて飛んでくる。しかし拳が届く事は無かった。


拳は腕ごと両断され、地面に大きな音をたて落ち去った。


翔が飛び上がる。目の前には化物の首があった。滑らかな動きで剣を横に振る。


翔が地面と着地したと同時に大きな塊がズシンと大きな音をたてて地面に落ちた。


「待ってたんだろ?ずっと自分の悪夢を打ち砕いて助けに来てくれる人を。もう大丈夫。」


実千佳は言葉を受けて一瞬固まった。


何を言われたのか理解して無い様子だった。


暫くしてようやく言葉の意味を受け入れ始め、表情に血が通い始め、あっ・・あっ・・と言葉にならない声を出し始めその場で泣き崩れた。


不死身の性質を引き継いでいるだろうに巨人の化物は再生しなかった。


それこそが戦いの終わりを証明していた。


「本詳しいんだよね?もしよかったら一緒に本屋とか行って紹介して欲しいなぁって。」


「いいよ!絶対行こう。」


実千佳は眉に力を入れながら続けた。


「所でさ、やっぱり雲を晴らさないと駄目かな?」


「うん。だって・・・そっちの方がお互いの顔が良く見えるじゃん。」


「そうだね。」


笑顔で実千佳が言った。実千佳の体が透けて行く。翔が驚いた表情をすると実千佳が『落ち着いて』と言った。


「大丈夫これで全部もとに戻るから。それと約束守ってよ。五日後に晴天神社に来て。昼の十二時。忘れないでね。」


「ああ。楽しみにしてるよ。」


翔が言うと実千佳は風に吹かれて消えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る