第15話 明日が来ない理由

強い風が嫌いだった。


向かい風にぶつかると『お前は進むな』と言われてる気がした。


学校に行く為に仕方なく自転車に乗るけど、こんなものは疲れるだけ。


ただでさえ精神が疲弊してるのに体まで疲れると前向きな思考なんてできなくなる。


一回自転車を漕ぐたびに『行きたくない。帰りたい。』って気持ちが沸き上がる。


あの時の空は雲一つない快晴だった。炎天下の下、太陽に照らされる同級生は輝いて見えた。


けれど太陽が美しく照らす人間は決まっていて、この光はそれ以外の人間には毒だ。


事実、斎藤実知佳はこの光を浴びるだけで全身を焼かれている気がした。


悪くない気分だった。


いっそこのまま燃え尽きたいとすら思っていた。


見たく無い物ばかり映すこの目も、前向きになれない感情も、全部燃やし尽くして欲しい。


何もないならせめて失う権利だけは欲しい。そんな事を先生に言ったら、


「皆辛くて大変だから頑張れ。あと友達作ってもっと明るい性格になれ。」


って言われた。


大人に自分の話をするのを辞めた。



転校して来た実千佳は未名庫谷中学校に馴染めなかった。


既にコミュニティが完成され、内向的な彼女が入り込む隙なんて無かった。


「あ・・・あのさ、えっと・・・よろしくね。」


「ああ・・はい・・。」


それでも実千佳は隣の席の女の子に勇気を出して声をかけた。


会話は続かなかったが大きな一歩を踏めたと思った。


彼女にはしたいことがある。学校の帰りに友達と本屋に行く事。


会話が苦手だったが、自分から話しかけて交流関係を広げていけたらと思った。


『こんにちは。趣味とかってある?』


『今日一緒に帰らない?』


『教室移動一緒にしよ?』


自分からかける色んな言葉を口ずさみながら一人で帰った。


明日淀みなく言えるように。


次の日登校すると、クラスで一番派手で可愛い女の子が実千佳の机の前に来た。


後ろには男女が数十人位居た。皆顔が不機嫌そうだった。


「ねぇどうして昨日来なかったの?」


どうやら昨日はクラスの皆で遊ぶ約束があったそうだ。身に覚えの無い話に実千佳は首を傾げた。


「私知らないよ。聞いてない。」


実千佳がそう答える。


派手な女子はその対応により一層不機嫌になって、視線をそらしは実千佳の隣の席の女の子の方を見た。


そして机に自分の手を思い切り叩きつけバンと鳴らした。


「そんなこと無いよね?私ちゃんと言ったもんね?」


隣の席の女の子に質問した。質問された女の子もこの話に身に覚えが無かった。


彼女も誘われて無かったからだ。


勿論派手な女子もその事を知った上で因縁をつけてる。


学校の所持品検査に引っかかり教師と揉めた憂さ晴らしがしたかっただけで、逆らわない相手なら誰でも良かった。


隣の席の女の子は少し体を震わせながら答える。


「私はちゃんと声をかけた。それなのに斎藤実千佳さんは来なかった。」


その一言でクラスの目が実千佳に集まった。すると派手な女子がその場で泣き崩れた。


「酷い・・・。斎藤さん、転校して来たばっかりで友達居なくて可哀そうだと思ったから、皆で仲良くできる方法考えたのに・・・・。」


「そうだよね。酷いよ。斎藤さん!誠ちゃんが必死で考えてくれたのに!」


「謝った方が良いんじゃない?」


派手な女子、誠の後ろに居る取り巻きの男女に言われた言葉を実千佳は理解できなかった。


とにかく怖くなってその場から走って、女子トイレに駆け込んだ。


何で?私が悪いの?私は悪くない。きっと皆が勘違いしてるだけなんだ。明日になれば皆普通に戻ってる。


女子トイレに引きこもってその日は授業をサボった。


ノックをされて「斎藤さん?」と呼びかけられたこともあったけど転校したばかりで声を覚えられてなくて適当な返事をしてやり過ごせた。


大丈夫。今日はビックリして逃げたけど明日になれば皆冷静になっててちゃんと話せるハズ。


そんな甘い考えを抱いて、灯りの消えた薄暗い教室に戻ったら、教科書とバックがびしょびしょに濡れていた。


外から野球部やらテニス部の掛け声が聞こえた。オレンジ色の夕日が部活をしている彼、彼女らを綺麗に照らしていた。


次の日から実千佳は避けられるようになった。彼女の挨拶や質問には誰も話を聞かなくなった。彼女は空気だった。


遊びに誘われたこともあった。話しかけられたのが嬉しくて、集合場所に行くとクラスメイトは誰も居なかった。『あいつ本当に来たんだけど。』という笑い声とシャッター音を背に帰った。


理科の授業中の塩酸にアルミを溶かす実験中。『めっちゃ溶ける!・・・凄い!これ人にかけたらどうなるんだろうね。』そう話すクラスの女子と実千佳は目があって、初めて命の危険を感じた。


先生に相談したが、実千佳では無くクラスメイトを信用しまともに話しを聞いてくれなかった。


初めの頃は保健室に来ていた。居心地が良かったのは最初だけで、偶々通りかかったクラスメイトの声を聞き学校の一部に居るのも嫌になった。


保険室の先生は話を聞いてくれようとしたが、大人への信頼はとっくに無くなっていた。


引きこもるようになってからいつもクラスメイトの失敗を望んでいた。


間違ってるのはあいつら。私は何も間違ってない。


月一度ポストに入ってる学校頼りには、実千佳をいじめていた主犯の女が生徒会長になった事が書かれていた。


『より良い学校づくりの為に頑張ります。』読む気の無い文章の前置きにでかでかと書かれたその言葉に、壊れたように一分間笑い続けていた。


実千佳の居ない間、学年でイベントがあった。


『学年で一番仲の良いクラスは何処か?』という人気投票があったらしい。


各々クラスで仲の良さをテーマに出し物をし、投票を行う。


優勝は実千佳のクラスだった。優勝理由は不登校の女の子への思いを綴った作文が受けたらしい。


『実千佳さんがイジメにあっていたという事実はありません。実千佳さんは転校してきてからも持ち前の明るく、人付き合いのうまい性格で僕たちの中心に居ました。そんな素晴らしい女の子がどうして不登校になってしまったのかわかりません。僕たちは毎日彼女と連絡を取り合っています・・・・。』


先生からスピーチの原稿が送られてきて、実千佳の軸がくずおれた。最後までは読めなかった。読む気にもなれなかった。


あいつらは人間じゃない。化物だ・・・。いや違う。ずっと勘違いをしていた。


そうして彼女は気がついた。


この世界の基準では間違えてたのは私だったんだ。


この世界が嫌いになった。


それからは何をしても楽しいなんて感じなくなった。


好きだった本を読むことすらできず眠れなくなった。


眠れなくなるとこの世界の始まり、日の出が誰よりも見えて皮肉だなと思った。


そして一人で勝手に泣いた。


いやだ。もう登らないで。明日は来なくて良い。ずっとこのまま何も始まらないで。何も楽しい事なんて無いんだから。


「可哀そうに。大変だったんだね。俺もこの世界が嫌いだ。力を貸してあげよう。この世界を壊せる力だ。用途も好きにすると良い。どうするのか楽しみにしてるよ。」


部屋の中で蹲っていると、頭に誰かの声が響いて来た。


謎の声に導かれ、実千佳は雲の上に立っていた。


特別な力をもらって、私が人類の明日を決められる。それならどうするかなんて決まってる。目の前の四人を殺し、人類を滅ぼす。それが私の願いだ。


思考をやめて、実千佳は自分の居る場所の出入り口を眺めた。


近づいて来る人間がいたからだ。


勢いよく出入口が開かれた。壁とドアノブが接触し『ガン』という音が鳴り響く。


激しい音と共に現れたのは翔だった。


「ありがとう。居てくれて。」


彼は屋上に足を踏み入れた。



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