第11話 引島翔という人間の本質
「んだよ、これ!気持ちわりーなぁ!」
「二人とも大丈夫か?」
「私は大丈夫。でも
「
夏樹たちの目の前は化物の群れで視界は覆われている。それでも夏樹は言い切る。
「目の前の化物ぶっ倒して無理矢理こっちと合流してくるさ。今も元気よく戦ってるだろ。」
しかし現実は違った。
三人の対角線部分で
わかっていたじゃないか。
『本当に優秀な奴は精神性も優れている。』
一年前に壊れた俺の持論。能力と人格何て比例関係に無いのに皆能力の高い人間に崇高な精神性まで求めようとする。
そうで無いとわかると勝手に失望して偽物扱いする。俺も同じだ。
翔は動かない。足首を握る手も振り払わず、振り下ろされたバットを避ける事もしない。
一年も引き籠って考えていたのにやっぱり俺は何も変わってない。
複数の化物が翔に飛びかかり、金属バットやナイフで襲う。
『ゴッ』という鈍い音は歪んだ形を治す音。
『シュッ』という刹那しか鳴らない音は間違いを切り取る音。
翔の体は痣と切り傷にまみれて行く。
いや・・・本当はわかっていた。
湊ちゃんがああいう人間なのは。
見た瞬間に優秀で・・・そして認めた人間以外に容赦の無い人間だとわかっていた。
じゃあなんで、交渉役を変わると言わなかった。
それは実知佳さんの様な人と話す勇気が無かったから。誰かにやって欲しかったんだ。
もう二度と人を見捨てたくない。自分の醜さと向き合いたくない。
自然と浮き出た感情に翔は更に絶望した。
・・・何だよそれ。考えるふりしてやっぱり逃げてただけなんだ。
容赦なく行われる攻撃の中翔の体が壊れていく。
卑怯で、自分の罪を認めず、被害者面して、何にも変わってない。
今度こそ間違わないように、変わると決めていた。
でも全部無意味だった。
それこそが自分の本質だと気づき翔は、抵抗することもなく暴行を受け入れた。
「人を攻撃するのは楽しそうなのに、自分が攻撃されるのは随分不愉快そうにするのね。」
化物との戦闘に苦戦する三人の前に
「当たり前でしょ。こんな事してタダで済むと思ってるの?」
湊が静かに言った。その感情は単純な怒りを通り越していて、大声で叫ぶより凄みがあった。
事実絶対有利の実知佳にすら冷や汗をかかせた。しかし実知佳は引き下がらない。
「済むよ。ここは私の世界だから。何でも思うが…そうだよ。そうだった…。今私は誰よりも強い。もう誰も私を傷つけられない。怖い奴らは皆消しちゃえば良かったんだ…」
「まって!私達は戦うつもりじゃ…話を聞いて!お願い!」
「うるさい!うるさい!黙れ!黙れ!」
真奈美が質問する。しかし『話しかける』という行為が実知佳の逆鱗に触れた。
「私に話しかけるな!私の言葉は聞かないくせに何で自分は話を聞いてもらえると思ってるの?」
取り囲む化物達が武器を手から離した。まばらに『カラン』と響く中、化物達は後ろ脚を下げ三人に向かって走る構えを取った。最初に意図に気づいたのは夏樹だった。
「もしかして…やべぇな。今まで律儀に戦ってくれてたから何とかなったけど・・・。」
「どういうこと?」
「あいつら俺達に突っ込んで体重を乗せて押しつぶすつもりだ。逃げ場も無いこの狭い教室でやられたらなすすべがない。」
「人混みで起こるような事故を意図的に起こそうって事か・・・。」
「日はもう登らなくて良い。今日が人類の最終日。明日なんか必要無いんだよ。」
パリン!
教室の窓ガラスが割れる音が鳴り、全ての者の行動を中止させた。
三人が追い詰められる数秒前の出来事だ。
『私に話しかけるな!私の言葉は聞かないくせに何で自分は話を聞いてもらえると思ってるの?もういい今すぐ殺してやる。』
倒れていた翔は実知佳の叫んだ声で目を覚ました。
真っ赤に汚れた白いシャツを『パンパン』叩いて立ち上がる。
顔はボコボコに腫れていて感覚があるのかも怪しい。
翔はこのまま眠るように死ぬつもりだった。
しかし実知佳の発言で彼の中で、ある記憶が蘇り自然と立ち上がってしまった。
その記憶とは翔が社会から逃げた原因となった罪の記憶。
体育館裏。五人の不良が一人の男子生徒に暴行を加えていた。
男子生徒は涙と泥でぐちゃぐちゃになっていて買ったばかりであろう制服はボロボロだった。
イジメの現場に十三年生きてて初めて遭遇した。
目が離せなかった翔は、男子生徒と目があった。
目を思い切り瞑って、涙を垂らして翔見る切実な視線。
そうして嗚咽塗れで、叫び疲れた弱弱しい声で一言だけ呟いた。
「お願い・・・・・助けて・・・・・・。」
今でも翔の中に留まり続ける彼の心の底からの願い。
翔はそれを・・・・・。
意識が現在に戻ると翔の体は自然と動いた。
床に落ちた金属バットを拾って、窓ガラスに投げつけた。
パリン!
気持ちいい音と共に窓ガラスが粉々に砕け散った。
翔は息を思い切り吸った。
殴られ過ぎて口が切れている。
息を吸うたび傷が痛み、血の味がした。
「おおおぉぉい‼」
吸った空気を叫び声に変えて吐き出す。
教室中の空気を震わせ、敵も味方も翔を向く。
その視線を確認し、親指を立てて自分に向かっ
て突き指した。
「来いよ!」
翔が窓ガラスから身を乗り出し、二階から飛び降りた。
腕や足がガラスの切っ先に引っかかり出血する。
それでも痛みは気にならず、着地して即座に走り出す。
誘われるように化物も後を追って二階から飛び降りる。
この行動の意味は敵、味方含め誰にもわかっていなかった。
当たり前だ。行動を起こした翔ですらわかっていないのだから。
校庭の真ん中まで走ると、翔は立ち止まって振り返った。
五十人以上の化物が取り囲み、逃げ場がない。
俺は何がしたかったんだ。どうしてこんな事をした。
自分で作った状況に翔は頭をかかえた。
死にたかったんだ。教室で倒れていれば、その願いは叶っただろ。なんで立ち上がった。
「君にやり直したいことがあったからじゃないですか?」
頭に誰かの声が直接響いた。聞き覚えのある声だった。
「あの時言えなかった言葉、できなかった行動。何度思い出して後悔しましたか?何度やり直したいと思いました?」
知った風に言われる不快感。それでも否定できないのは、心でも読まれたみたいに正確な考察だったから。
「失敗した今の君だからこそ見える物がある。まぁ…今は化物が邪魔で見えないですけど。少し退いてもらいましょうか。」
翔の目の前に、小さな光の粒が集まっていく。
ただ集まっているのではない。明確な何かを形作っていく。
そして形を作り、仕事を終えた光が静かに散っていく。
光は自分たちの代わりを置いてった。
剣だった。
ただの剣では無かった。白銀に光る十字架を模した剣。長さは百二十センチ程ありそうだった。
地面に刺さっていて、引き抜かれるのを待っている様に見えた。
「私のサポートを全てを送り届けました。これで戦えるようになるはずです。」
翔は思い出した。この声は神社で出会った『ハレ』の物だと。
翔は剣の柄を迷いなく握って、引き抜いた。
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