第10話 天上天女の肥えた目玉は下人の生き様を映さない
目的地まで到着し、
「本当に居た。全部貴方の言う通りとは恐れいったわ・・・。」
「どうも。」
相変らず慣れた態度で賞賛を受ける。
「でも今回は引島君と夏樹君の頑張りが大きいかな。あの二人が居てくれて良かった。勿論貴方からもらった情報も大きかった。ありがとね。」
「だから俺が居る時に褒めてくれよ!」
教室のドアが『ガー』と強い音をたてて開き、
「うっさ。普通にドア開けなよ。・・・・けど夏樹にしては囮役とか助かったわ。」
「おう!」
「私からも言わせて。ありがとね夏樹君。ここまで完璧にこなしてくれるとは思わなかったから、頼もしかったよ。」
「うへへ・・・こちらこそ。」
「露骨に私と態度違うの何なの?」
窓ガラスがコンコンと叩く音が聞こえた。三人が窓ガラスに目を向けると
外側から鍵を指さして『開けてくれ』とジェスチャーする。
真奈美が窓ガラスに近づき鍵を開ける。カラカラと軽い音で窓ガラスが開き翔も教室の中に入った。
「お疲れ。引島君」
「そっちもね。お疲れ。」
真奈美が翔に白シャツを手渡す。真奈美は翔には多くを言わなかった。絶対にやって
くれると信じていたから。
「で・・・やっぱり真奈美さんの予想通りだったか。」
翔がシャツを着ながら教室の中心に居る少女を見る。
小柄な女の子だった。小さな肩を震わせ、膝に置いた手に焦点を合わせていた。
下の見過ぎで髪の毛のカーテンができ上がり、表情を確認することはできなかった。
それでも良い表情で無いのはなんとなく想像がついた。
「多分化物操ってのこいつだぜ。二人が教室に入った途端化物の動きが鈍くなったから。な?翔。」
夏樹の声かけに翔が頷く。翔も二十人以上に囲まれていたが、迫る力が明らかに弱くなったので夏樹の考察は間違っていない。
「そう。なら次は私の番ね。」
湊が短いスカートを揺らし、少女に近づく。
教室に入った後の作戦も勿論考えている。
『少女と話し、この場所の答えを知り、雲を払う方法を聞く事。』
それを聞く役目は湊に決めていた。
大丈夫。彼女は人と話す能力が高い。
翔は湊を評価していた。
夏樹と喧嘩ばかりしていたが、彼の良い所を認め受け入れる事ができる。
一番賢い真奈美とほぼ対等に話し、作戦の補佐を行っていた。
つまり人とうまくやる力は彼女が一番高い。
「
「え・・・その・・・はい・・・・。えっと・・・・そうですけど・・・。」
湊の問いに、歯切れ悪く答える。
戦意を完全に失っている様で、化物が中に入ってくる気配もない。
つまり、話をするならこのタイミングしかない。
斎藤実知佳はイジメに合い対人関係にトラウマを持った女の子だ。
翔はイジメられた人間の内面がどういう物か知っていた。
周りの人間全てが敵に見え、与えられる優しさすらも全て嘘に見える。
差し伸べられる手の取り方もわからず、酷い事を言って弾いてしまう事もある。
けど、そんな人間相手にも湊ちゃんならうまくやりそうな気がした。
だからこそ彼女を信じて事の顛末を見守ろうと思った。
しかしこの判断は盆に返らない水の様な最悪の一手だった。
「は?なに?もっとハキハキ喋れよ。」
湊が実知佳の机を蹴り飛ばした。机が吹きとんで地面に転がる『ガラガラ』という音は、積み上げた物が崩れる嫌な音に聞こえた。
湊が実知佳の胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「あんたでしょ?あんな風に世界から太陽奪ったの。どうでも良いから全部戻してよ。」
「いや・・・!やめて・・・!ごめんなさい・・・。」
最低限の抵抗を言葉で呟く。しかし湊にそれは届いていなかった。
「夏樹。こいつのこと金属バットでボコボコにしてくんない?」
翔と真奈美は目を細め、熱くも無いのに顔から汗が垂れた。
「あぁ?何でだよ?もう勝ったんじゃねーのか?そこまでやる必要あるか?」
「本当に馬鹿ね。まだよ。でも此処までこれたら後は力づくで解決する。その一押しを一番強いあんたにやって欲しいの。お願い。力を貸して。」
胸糞の悪さが相まって、翔の腹部に何かが溜まって重くなる感じがした。
今まで実知佳に雑な対応をしていたのに、夏樹と話すときだけ『翔が求めていた湊』が瞬時に帰って来たのが恐ろしかった。
「ま、良いけど。」
実知佳の元に行き、夏樹がバットを振り上げる。実知佳の顔に棒状の影が迫る。それが重なろうとした時、バットの振り下ろしが止まった。
「おまえら・・・なにしてんだよ・・・」
後ろから夏樹のバットを掴み翔が絞り出すように呟く。それだけでは足りずに更に言葉を出す。
「何してんだよ!」
叫び声をあげる翔の横で、湊の手を真奈美が掴む。
「一回離しなさい。やりすぎだよ。」
二人はきょとんとしていた。
まるでなぜ怒られているのか理解していないような。
湊は手を離し実知佳を地面に落とした。
四つん這いで『ゴホゴホ』と咳をする実知佳の声を背に四人が見つめ合う。
「何で?こいつも化物と同じ枠じゃねーのか?」
「夏樹の言う通りよ。何に同情してるのかわからないけど、この女は私達を殺そうとしてきたんだよ?まだ何か力を隠し持ってるかもしれない。それなら先に何もできない様にした方が良いと思うんだけど。」
理由を聞けば二人の行動理由は納得できるものだった。
それでも不快さは拭えず、翔は何故か勝手に裏切られた気分になっていた。
「穏便に済むならその方が良いと私も思う。それに斎藤さんにはもう戦意が無い。そんな相手に暴力を振るうのは見てて気持ち良くないよ。」
「真奈美さんの言う通りだ。それに彼女がどういう人間か話を聞いていたハズだ。もっと理解してかけてあげる言葉を工夫できただろ。」
真奈美と翔の言い分を聞き、湊が『うーん』と不思議そうに唸る。
「『見てて気持ち良くない』とか『もっと理解しろ』とか貴方達の口からそんな感情的な話が出るとは思わなかったよ。随分この子に肩入れしてるのね。」
湊の発言で翔は彼女に『あるレッテル』を貼ろうとしていた。
「不快にさせたなら謝る。ごめんね。やり方を変えてやってみるからもう少し見てて。」
四つん這いになってる実知佳を見下ろしながら湊が話しかける。
「ちょっと立ってくれる?話したい事があるんだけど。」
翔は理解した。彼女は俺が見てきた中学の人間と同じなんだ。
優秀な人間とそうでない人間に対して態度を露骨に変える。
優秀な人間に対しては普通に接するが、そうでない者には容赦がない。
何をしても許されると思ってる。
そしてこの問題の本質は
それが悪いことだと認識していないことにある。
真奈美が賢くなかったら、夏樹に力が無かったら、湊がどういう反応をしていたのか容易に想像できる。翔は湊の肩に手を置いた。
「嫌いな人間がいるのは別にいいよ。合う、合わないはあるから。だけど『嫌いだから攻撃しても良い』と変換するのは間違ってる。」
「どうしたの?翔君おかしくない?疲れてるの?」
翔が何故怒っているのか湊は理解できず、首を傾げる。
その対応が翔の体から力を奪って行った。
見たく無い物を一年振りに見せられたから。
「許さない・・・。」
斎藤実知佳が四つん這いのまま呟いた。
その発言に湊の片目がピクっと動き、実知佳の脇腹に蹴りを入れた。
ゴホゴホ咳をしながら倒れる実知佳に『四つん這いだったから蹴りやすいわ。』と言い放つ。
「聞こえなかったんだけど今『許さない』って言った?それこっちのセリフだから。お前みたいなのに好き勝手やられてイライラしてんだよ。」
湊が夏樹を見る。
「ねぇ。早くこいつの事ボコボコにしてよ。」
「いや俺はやっぱり良いや。翔と真奈美さんが嫌って言うなら他の方法探さねーか?俺は二人の気持ちちょっとわかるからよ。」
夏樹は右眉の上にある消えない縦傷を摩った。
「あんたもどうしちゃったのよ。じゃあいいや。私がやるから。」
湊が一歩踏みだそうとした時だ。足が前に進まなかった。異変を感じ、目線を下に移す。
「なに・・これ・・・。」
そこには湊の足首を掴む白い手が地面から生えていた。それだけじゃない。教室内に化物が発生し始めた。一人二人と増え続け、一クラスに五十体以上の化物が現れた。
「嘘・・。化物は全部で三十人程度だったはず。あの本に書いてあったから間違っていないのにどういうこと?」
「おい!しかも扉開かねーぞ!閉じ込められた!」
真奈美と夏樹が喋っている隙に、残りの三人の足も白い手が掴み自由を奪った。
「あんたらみたいな人間は全員死ぬべきなんだ。殺してやる。」
想定の倍近い敵戦力の追加。監禁、身動きのできない状況。悪手に続く最悪は四人の作戦が失敗したことを意味していた。
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