第9話 日昇権利奪還戦②
再びトイレから夏樹が現れた。
姿は先ほどと変わらない。
上裸に大きなマスクを装着している。
しかし少し違うのは両脇に消火器を二本ずつ、計四本抱えている事。
そして右腕には真奈美からもらった濡れタオルが巻かれていた。
脇に抱えた消火器をガチャガチャさせてバランスの良い持ち方を探りながら歩く。
階段の前に着くと、栓を取った消火器を一つだけ持って待機した。
すると化物の群れが二階から上がって来た。
『アハハ』という不気味な笑い声と共に、一段ずつゆっくりと昇って来る。
化物が持っていた金属バットやらナイフが外の光を反射して少しだけ眩しかった。
普通の人間なら、武器を持った奴らとの遭遇など逃げる以外の選択は無い。
しかし夏樹はこの状況で笑った。
手に持っていた消火器の噴出口を化物の群れに向け、躊躇いなくレバーを握った。
瞬間ピンクの煙が眼前を覆った。
化物達も逃げるように道を開け、手で顔を隠すなどし始めた。
校内で消火器の中身をぶちまける背徳感が少しだけ気持ちよかったが、目的は別にあったのでこの場を去らなければいけない。
レバーと噴出口をガムテープで固定し、煙に紛れパニック状態の化物を素通りし二階の踊り場に着いた。
此処でもやる事は変わらない。新しい消火器を手に取る。
ガムテープでレバーを固定し、噴出口を壁に貼り付け『シュ―』という気持ちの良い音が鳴る。
新たにピンクの煙が追加され視認不可能の状況が延長した。
彼の後ろの化物は状況を全く把握できておらず、煙の中で行き場を見失っていた。
それをあざ笑うかのように夏樹は『ガッガッ』と足音を立てながら二階に降りて行った。
二階も三階や四階と変わらない作りだった。
どこにでもある学校の廊下。
しかし化物達が此処に来れない様にしていた為、何かあるのは間違いない。
夏樹は持っていた残り二本の消火器の栓を抜き、レバーをガムテープで固定した。
その場で『シュー』という音と共に煙が巻き上がる。
夏樹は一本を手前に、もう一本をそれより奥に転がした。
二階の廊下が煙に包まれ、濃い霧の中に居るみたいだった。
『まずは二階に続く階段、それと二階の廊下に消火器の中身をばらまいて。そうすれば視界を奪う事ができるから。』
真奈美から言われたことを思い出し、達成できたと確認した。
今夏樹を追いかける化物は居ない。
つまり今なら妨害無く、目的地の三年三組にたどり着くことができる。
しかし夏樹は振り返り階段に向かった。
少しピンク色に染まった靴で階段を下って行く。
夏樹が向かった先は玄関だった。
しかし彼はそれすら素通りし、入り口ドアを開き校庭に到着した。
校舎の真ん中付近まで走って外から三年三組の教室を眺めた。
夏樹は一つ深呼吸した。
壁に向かって走り飛び、壁の突起に手をかけた。
掴める場所に更に手を伸ばし、上を目指す。目的は二階の『三年三組の窓ガラス』だった。
『二階を監視できないように煙まみれにすれば、相手はこっちが何をするのか確認できない。だからこそ二階に化物をワープさせるハズ。どんな手段を使われようと絶対に大丈夫な安全択を選ぶ。』
二つ目の真奈美の指示。つまり真奈美がやりたかった事は内側に力を集中させ、他のルートを容易にする作戦。
夏樹は誰に追われる事も無く順調に壁を登り続ける。
しかし安全な状態なのは一瞬だった。
気が付くと真下には化物が二十人程現れ、夏樹の後を追う。
出現に全く気付かなかったのはワープさせたと脳が補完した。
目的クラスの両隣、三年二組と四組の窓ガラスがカラカラと開いた。
音に反応し夏樹は顔を上げる。
窓ガラスからは化物が一体ずつ現れ夏樹は挟まれる形になった。
化物は勝勝ち誇った様に『アハハ』と笑っていた。
上下から笑い声に囲われ夏樹は、喜劇の劇場にいる感覚に襲われた。
しかし夏樹はこの状況を想定していたかのように冷静だった。
・・・・ま、観客は俺で笑われるのはお前らだが。
馴れない熱さに額に汗が滲む。
右腕に巻かれた濡れタオルを解いて、汗をぬぐった。
濡れタオルが巻かれていた部分は傷を治療した白い包帯が現れた。
「ここまで作戦通りに行くとは。真奈美さんスゲーな。」
夏樹はそう呟いた。しかしその声は夏樹の物では無かった。
髪をくしゃくしゃ触って、オールバックにしていた髪を降ろす。
息苦しくて仕方なかった大きなマスクを外しポケットにしまった。
「髪が夏樹より短いからバレると思ったんだけど意外とバレなかったな。」
化物が迫り来るなか、壁に張り付いたまま『翔』が笑った。
作戦決行前、トイレで準備を進める中、真奈美に夏樹が質問した。
「あのさ、外から翔が行くのは良いけど何で俺の変装させるの?あとあいつらワープできるから中に戦力集めても直ぐにワープで外に行かれるくねーか?」
「変装の理由から話ましょうか。まずは戦力を一人だと敵に誤解させたかった。」
「説明してあげるんだ。優しいね」という湊が少し引いた目線で真奈美を見ていた。
「消火器の回収を考えてみて。このメンツなら一人でやるより複数で行った方絶対効率的でしょ?例えば、引島君と夏樹君二人で行かせれば、回収役と護衛役で仕事を分担できる。守ってくれる人が居た方が、回収に専念できるでしょ?」
「確かに翔が居てくれたら、もっと楽に回収できるかもなぁ。ま、一人でも余裕だけど。」
「俺信用されすぎだろ。」
「でも『あえて、それをやらない。』不利的立場の私達が最善を尽くさないなんて相手は考えない。ここで翔君を変装させずに行かせれば、相手の意識に『動ける敵は二人』という考えを与えてしまうの。そしたら夏樹君が居る前提で戦力分散をされて大幅な戦力移動が期待できないのよ。」
「だからそれが意味わかんねーんだよ。外から行こうが、中から行こうが結局相手にする数は変わらねーじゃん。変わるっていったら戦う場所位か?俺は多対一なら狭い場所の方がやりやすいから中で戦いてぇなぁ。」
夏樹の言い分を聞き湊が『ハァーーーー』と大きくため息をついた。
「ほんと馬鹿ね。あんた一人で戦ってるつもりなの?」
真奈美の代わりに湊が続ける。
「相手は『戦えるのは夏樹一人』だと思っているから、相手は夏樹だと思ってる翔君に思いっきり戦力を割くの。そしたら手薄になってる内側から壊しやすくなるでしょ?」
「・・・・・どういうことだよ?」
湊の額に血管が浮く音がしたので、翔が『まぁまぁ』となだめながら割って入った。
「簡単に言うと、夏樹を暴れやすくするための作戦って事。」
そうして現在に戻る。
翔が、足に触れる化物を蹴落としている間、廊下の煙が落ち着きを取り戻しつつあった。
視界は鮮明になり床にはピンクの粉が積もっていた。
そんなピンクの床に足跡を付けながら階段を降りる三人が居た。
トイレで待機していた真奈美、湊、夏樹だった。
「ほんとだ。あんなに守りが厳重だった二階に簡単に来れちゃった。」
必ずあった化物の妨害も無く到着したので、湊は単純に驚いていた。
廊下の先には目的教室前に群がる、八人の化物が立っていた。
まるで何かを守っているように。
「八人じゃ無理だろ。」
夏樹が呟くと同時に走り、二人もそれについて行く。
「俺が相手してる間に教室の中入れ!」
声に反応して、化物も走って三人に向かってくる。
夏樹は意にも返さずバットで殴り飛ばす。
真奈美と湊は素通りする事に成功する。
化物も二人を追おうとするが、八人がかりでも夏樹を突破する事はおろか触れる事すらできなかった。
真奈美が教室の札を確認する。
そこにはしっかりと『三年三組』と書かれていた。
「あけるよ。」
湊がドアに手をかけた。
現れた教室はガランとしていた。
全ての椅子と机が撤去されていたかと思えば、中心に一つだけポツンと設置されていた。
そこには気の弱そうな少女が座って居た。
「本当に来たんだ…」
怯えた目つきで真奈美と湊を見ながら、体を震わせていた。
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