第9話 日昇権利奪還戦①

あらゆる場所から感じた謎の視線。それらは監視カメラの役割を果たす為、出し抜くのは不可能。

更に限定的とはいえワープ可能な不死身の肉壁。


しかしこれを攻略し突破しなければ先に進めない。


諦めて仲良く滅びるのも一つの選択だが、勿論四人はその選択をしない。


先陣を切ったのは夏樹なつきだった。


上裸で、口元には耳から顎まで完全に隠れる大きなマスクを装着していた。


愛用している金属バットも持たず、たった一人で廊下を駆ける。


向かう先は階段だった。階段につくと二階から化物が上がって来る。


しかし夏樹はスピードを落とさないまま四階に続く階段を駆け上がって行った。


マスクで呼吸の回数がハァハァと増える中、夏樹は真奈美からもらった指示を思い出す。


『まずは学校中の消火器を集めてきて。各階の両端に一個ずつあるから、全部で八個この学校にある。』


「あった。まず一本。」


四階に到着し夏樹は消火器を右わきに抱えた。


『ふぅ』と深呼吸をして、考える暇も無く再び夏樹は走る。


その間化物も追う事を止めない。


振り返れば化物の群れが、横に列を作り『アハハ!』と不気味な笑いを浮かべ追って来る。


夏樹はマスク越しに、『ふん』と鼻で笑った。


「この年齢になっても鬼ごっこは楽しいじゃねぇか。」


興奮の麻酔が頭を満たし、彼はこの状況を楽しんでいた。


しょうはトイレの蛇口のハンドルを回す。


ハンドルを回しきった水の勢いに、頭を突っ込み髪を濡らす。


冷たい水が頭皮まで届き、単純に心地よかった。


「夏樹大丈夫かな。」


蛇口を止めて、翔が呟く。今化物に襲われる対象は夏樹一人だ。


「絶対大丈夫。」


真っ先に言い切ったのはみなとだった。


「意外だね。夏樹への評価低そうだったのに。」


「バカだとは思うけどね。ただ、強さに関しては何の心配も要らない。」


「そりゃ強いのは見ればわかるよ。身長百八十超えてて、筋肉質で明らかに喧嘩慣れしてるあの感じ。けど相手は人間じゃないし、今は武器も持ってないんだ。」


「話して無かったっけ。あいつが廊下で吠えた後化物数十人に囲われた話。」


表情を変えず、湊は淡々と語る。


「素手で全員殴り倒したのよ。『武器使うとつまんないから。』とか言って私にバット預けて。」


「素手で?数十人を?そんな馬鹿な・・・。」


「認めたくないけどあいつのおかげで結構助かってた。貴方達二人を助けられたのもあいつが居たからだし。」


「褒めるなら俺が居るところにしてくれよ。湊。」


今話題の男の声が聞こえた。二人が振り返ると怪我の無い夏樹が立っていた。


「無事だったか。夏樹お帰り。」


「ただいま。まぁ任せろって。」


強気な発言とは逆に、トイレに入ると即座に地面に座り込んだ。


マスクを下に下げ『ハァ・・ハァハァ』と不規則に呼吸を繰り返す。


体はサウナ後の様に汗が滲んでいた。


彼にとっても激しい戦いだったのが一目で分かった。


それでも両脇には戦利品をしっかり抱えていて彼の頼もしさを確認した。


しかし仕事をこなした夏樹本人は、ほんの少し落ち込んでいる様子だった。


「わりぃ真奈美まなみさん。持ってこれた消火器はこれだけだ。」


彼が脇に抱えていたのは、全部で四本の消火器だった。


「三階から下に降りようとすると必ず化物が階段登って現れやがる。何か守ってるみたいにな。あれじゃあ二階と一階に行くのは無理だ。」


「気にしないで。十分すぎるわ。ありがとう。」


微笑みながら真奈美は夏樹に濡れたタオルを渡す。夏樹が『ありがとうございます。』と頬を赤らめながら受け取った。


「作戦はこのまま行く。夏樹君が回復したら全員動くから準備して。」


「そんな気づかい要らねーよ。真奈美さん。さっさと行こうぜ。」


体を拭きながら肩を上げ下げしながら呼吸する。さらに無傷に見えた体もよく見れば、数箇所赤く腫れた部分も確認できた。万全とは程遠そうだった。

そんな夏樹を見て「でも・・」と真奈美が悩むが「こいつが言うなら大丈夫。」と湊が言う。


「夏樹は気持ちで行動するタイプだから本人が言うなら良い仕事すると思う。」


「俺の事よくわかってるじゃねーか。それなら二人の時もっと暴れさせてほしかったけどな。」


「駒としての貴方は優秀だからそれを尊重しただけよ。」


翔はそれを見て微笑んだ。なんだかんだで仲良いんだな。


誰にでも合わせられ、冷静に相手の気持ちを汲める柔軟な頭脳を持つ湊に、言われたことを無理矢理達成する力を持つ夏樹。


良いコンビだと眺めていた。


真奈美も二人にしか知らない信頼関係があるのを感じ取り、それを基に結論を下した。


「わかった。なら今すぐ決行する。夏樹君にも働いてもらうけど次の作戦は引島君が要よ。」


強い期待と視線が翔に集まる。


「おっけー。やっと出番か。」


濡れた髪をかきあげて、楽しみそうに翔が呟いた。



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