第8話 決戦前夜①

夏樹なつき!そんな無駄な事してないで早く二人連れて逃げて!」


入り口から遠慮のない気の強い声が聞こえる。翔は声の主を確認する。


金髪のツインテールの少女が手で自分をあおぎ『こっちに来い!』とジェスチャーする。


勿論彼女も知っている人物だった。神社に居た少女、金沢湊かなざわみなとだった。


「今回は無駄じゃねぇだろ!助けるために必要だっただろ!」


無駄の意味を翔は理解した。先ほど脳天を金属バットで叩かれた化物は何事もなく立ち上がった。


夏樹をそれを確認したあと『チッ!』と舌を鳴らした。


「やっぱり不死身かこいつら。」


二人の登場に翔の気が少し休まった。


「有難う!本当に助かった!あと無事で良かった!・・・けど今までどこ居たんだよ。」


「後でいくらでも話してやるよ。今は逃げるぞ!」


「逃げるあては?」


二人が生きていた事実を知り、真奈美まなみも気が軽くなったようで気持ちを完全に切り替えていた。


今彼女が考えるのはここを切り抜ける事だけ。


「ねぇけど。」


「なら私にあてがある。」


「真奈美さんそれって保健室の事?でも今は・・・。」


しょうは言い淀む。保健室近くの階段から化物が上がるのが見えたので、もう戻れないと考えたのだ。


「保健室じゃない。実はもう一つ安全な場所があるの。」


「ねぇ何してんの!早く!流石にもう襲ってくるって!」


湊の声に合わせて三人は教室を出た。そうして四人は真奈美の言う安全な場所に向かった。


真奈美が『安全な場所』としてあげたのは女子トイレだった。


トイレの中は狭かった。


通路は廊下より遥かに狭く、出入口は一つしか無く、個室トイレは二つ。


此処に真奈美が逃げ込むと言った時は、夏樹と湊は愚策だと反対した。


「自分達から逃げ場無いとこ行くのはマジで終わりだぞ。さっきもそうだっただろ。」


「知らないと思うから忠告するけどあいつらに隠れるって手段は効かないよ。」


二人は確信を持った強い言い方をしていた。それは態度にも滲んでいて、真奈美の提案を受ける気が無いのは明白だった。


その意志はしっかり真奈美に伝わり、どう説得しようか悩んでいた。


それを見て翔は真奈美の前に立ち夏樹と湊に向き合った。


「悪い。今は理由を聞かないで信じて欲しい。でも真奈美さんは信用できる。彼女の提案で俺は何度も救われてる。」


翔は続ける。


「百歩譲って、真奈美さんの意見が駄目だとしたら何か良い案があるのか?隠れる手段が駄目なら走り続けるしかないぞ。夏樹が金属バットでぶん殴っても無傷だったから倒す事もできないし。何か案があるのか?」


相手の発言を否定する行為。意見の衝突に火花が散って、関係悪化の導火線に火を付ける可能性もあった。


しかし翔の言葉は緩やかに二人の内側に溶けて行った。相手の琴線をすり抜けて、伝えたい言葉だけを届ける。


そんな穏やかな話し方だった。


「だからそれを考えようと・・・・」


「考えなくて良い。」


湊の発言に真奈美が被せる。


「もう答えは出てる。だから任せて欲しい。信じてくれれば後悔はさせない。」


放った言葉真っ直ぐ届く。言葉の勢いに他意が付いてこれなかったから。


邪推をする暇も無く夏樹と湊は溜息をつきながらも、トイレに入っていた。


「わかった。信用する。けどもし駄目だったら皆死ぬから覚悟しといてね。」


「できて無い奴居ないから大丈夫だよ。」


翔が言ったのに「確かに」と夏樹が笑いながら続けた。


「一緒にすんな。馬鹿。」


湊は男二人に吐き捨てた。


翔と真奈美。夏樹と湊。二人で一つの個室に入る。


しっかり鍵をかけて化物を待ち続ける。


入って直ぐ夏樹が声を出した。


「なぁ。安全ならさぁ。ここで隠れる必要とか無いんじゃねーか。」


「実はまだここは完全に安全な場所じゃないの。」


翔は真奈美の発言で隣のトイレで夏樹と湊が壁越しにこちらを睨んでる想像をしていた。


この状況でそんな呑気な想像をしていられるのも、真奈美を信用しているからだ。


「だから今から言う指示をよく聞いて。」


翔の期待に応える様に真奈美は即座に言葉を足す。


暫くしてトイレに誰かが足を踏み入れた。


四人にとっては馴染の音。


もうこの足音の正体は見ずともわかる。


作戦があると言っても、恐れが無くなる訳では無い。


一歩ずつ近づいて来る化物の足音は酷く不安を煽り、黒板に爪を立てる音の中、嫌いな食べ物を無理矢理口に入れられる様な気分だった。


コンコン。


足が止まってノックをする音が聞こえた。


夏樹と湊が居る個室だった。


夏樹が湊の前に立ち、金属バットをいつでも振れるように体制を整える。


湊は軽く深呼吸して声を出す。


「入ってる。」


準備していた答えを湊が言う。


言い方こそ淀みなかったが顔には緊張と不信が汗になって滲み出る。


『どうして、わざわざ声に出さなきゃいけないのか。こっちは隠れているのに。』と。


すると、化物はあっさり二人の個室前から移動し、翔と真奈美のトイレ前に立った。


コンコン。


同じようにノックする化物。真奈美も即座に答える。


「入ってる。」


「そっか!ごめんね!」


聞いた事も無いような明るい女の子の声だった。


ノックしたのは化物であるのは間違いない。


だからこそ全員今までとは違う底知れなさを感じた。


それでも何事も無く化物はトイレを出て行き、数秒トイレから音が消えた。


蛇口から水滴の落ちる音が控えめに響いた。


「もう大丈夫。トイレから出て。」


真奈美の合図で全員トイレから出た。一山超え、緊張から解放され各々気を休める。


夏樹は背を伸ばし、湊は肩を落とし便器の蓋の上に座る。


翔と真奈美は隣あって壁にもたれかかる。


「さっき二人を説得してくれてありがとう。言葉選んでたからどうしようかと思ってた。」


真奈美が翔に言った。


「余計なお世話じゃなくて良かったよ。でも今回も助けられちゃったね。トイレが安全ってわかったのもあの本に書いてあった事?」


真奈美が翔の発言に頷こうとした時だった。


「本って何?」


湊が便器の上から立ち上がり二人に歩み寄る。


「えっと・・・。まずは、ありがとう。それと、さっきは悪かったわね。」


「別に気にして無いよ。あそこで信じられない方が普通だし。」


「そう。知りたいのはそれ。何でこんな完璧な対応ができたの?えっと・・・失礼。名前は?」


「そういえばまだ名乗って無かったね。高花真奈美。二人の名前は憶えてるから大丈夫よ。よろしくね。金沢さん。夏樹君。」


後ろから夏樹が『おう!よろしく!』と返事をする。


「話戻すけど、ここについて書かれた本があるの?正直どうすれば良いのかわからなくて困ってた。私達にも教えてくれない?」


湊は少し疲れている様子だった。神社で会った時と比べて少し肌が荒れていた。


「勿論知ってることは全て話すわ。でも貴方達からの情報も欲しいわ。化物について詳しそうだったから。」


『やっぱり不死身か。』


『無駄な事。』


『隠れても意味が無い。』


夏樹と湊が言っていたフレーズを根拠に翔も思っていた。


「おう!ずっと戦い続けてたからな。アイツらの事はたくさん話せるぞ!」


「一回お互いの情報を交換し合って整理した方が良いわね。」


真奈美がそう言うと自然と四人が集まり、円ができ、話し合う体制が整った。


わからない事が多い状況だが、雲を払いたいという目的が一致しているのはわかった。



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